Fast-Moving Trends in Drug Discovery

人工知能(AI)や生物学的関連性を高めた3D培養アッセイなどのツールの採用で目まぐるしく変わる創薬の世界。米国食品医薬品局(FDA)のレポートによれば、AIと機械学習を使用した承認申請件数が2021年だけで100件を超えました。さらに2022年には、米国議会は、治験前の動物試験実施をすべての医薬品に義務づけていたFDA規則を撤廃する法律を可決しました。これは、将来の前臨床試験で、3D培養法がはるかに大きな役割を果たすきっかけになる可能性があります。

一方、患者の腫瘍に見られる特異的な遺伝子変異を標的にした医薬品に挙げられる「プレシジョンメディシン(精密医療)」医薬品の開発に注力する製薬会社が増えており、遺伝子変異特異的あるいはバイオマーカーに基づく適応症が対象の医薬品24種以上が過去5年間に承認を取得しています(米国)。

アカデミア研究室や企業研究室は、創薬の早い段階にすらプレシジョンメディシン戦略を導入し始めていて、こうした活動に取り組む研究者を支援するツールも、豊富な選択肢がそろっています。プレシジョンメディシンの台頭、AIの急成長に加え、3Dオルガノイドスフェロイドなどの、創薬スクリーニング環境での現実的な広がりを受け、この領域の動向に関して常に最新情報を把握しておくことが従来にも増して重要になっています。

プレシジョンメディシン戦略

臨床では、プレシジョンメディシンの目的は、遺伝的特徴、代謝プロファイル、ライフスタイル、共存症、環境などの因子に基づき、患者ごとに最良の治療法を選択することにあります。しかし、前臨床創薬の段階であっても、プレシジョンメディシンの追求が成果を上げつつあります。

企業もアカデミアの研究室も、遺伝子プロファイルに基づく特異的患者群を対象とした医薬品や、こうした患者群の腫瘍遺伝子変異を特異的に標的とする医薬品をデザインしています。がん研究では、メラノーマや乳がんなど同一タイプのがんを患う場合でも、患者自身や患者間で、腫瘍タイプの異質性が高いため、このようなプレシジョンが求められます。

例えば、臓器横断的薬剤のラロトレクチニブやエヌトレクチニブは、腫瘍原発部位の臓器を問わず、一部の腫瘍の増殖を促進するNTRK融合タンパクを標的に開発されました。FDAからは、2018年にラロトレクチニブ、2019年にエヌトレクチニブにそれぞれ承認が下り、NTRK融合タンパク質を保有する患者のうち、こうした薬剤の効果が得られる患者を特定する診断テストも承認されました。

現在、臨床医、企業やアカデミアの研究者、規制当局が協力し、プレシジョンメディシンに寄与する治療薬拡充に向け、課題の克服と道筋づくりに取り組んでいます。

創薬へのAI活用

創薬のさまざまな段階でAIシステムの導入が広がっています。医薬品開発の現場では、AIシステムを使って有望な創薬ターゲットの同定、新分子の生理活性・毒性の予測、新規化合物合成の計画、リード化合物のデザイン・優先度設定、既存薬の転用に取り組んでいます。今日の創薬の世界では、こうした技術革新を怠らない姿勢が不可欠です。

AIツールは、研究者がタンパク質構造を予測し、新薬候補が対象タンパク質に結合する仕組みを把握するうえで役立ちます。何十億もある化合物のデジタルスクリーニングには、機械学習や物理学に基づく計算創薬が利用されつつあります。

医薬品開発担当者が安全性への懸念を明らかにし、最も有望な化合物に研究や治験の取り組みを集中させる際に役立つAIプラットフォームもあります。例えば、中国のある研究チームが開発したディープニューラルネットワーク活用型プラットフォームは、医薬品開発の現場で、391種のキナーゼのいずれかにオフターゲット効果がありそうなリード化合物の予測に役立てることができます

3D細胞培養による予後予測の向上

一方、これまで以上に生理学的関連性の面から新薬候補の有望性を検討するため、3D細胞培養を採用する研究者が増えています。スフェロイドやオルガノイドなどの3D細胞培養は、2D細胞培養に比べ、臓器内や腫瘍内の細胞のin vivo環境を精緻に模倣できます。このため、3D培養では、薬剤、酸素、代謝産物の濃度勾配、細胞間や細胞-細胞外基質(ECM)間の相互作用、臓器内や腫瘍内の異質性といったin vivo環境のさまざまな側面を取り込むことが可能です。こうした要素はいずれも実際の患者体内で薬剤の機能に影響を与える可能性があります。

冒頭に挙げたように、前臨床動物試験の義務づけを撤廃する法律が制定されたことから、FDAは、臓器チップなど代替手法の開発を通じて動物モデル使用の段階的な縮小を支持する意向を示しています。このような変化を受け、3D培養モデルであればヒト生物学の重要な側面を取り込み、種間の相違から生じる影響を回避できることから、頑健性に優れた3D培養モデルの開発の重要性やそれに伴う機会がクローズアップされています。

前臨床創薬段階では、研究者がプレシジョンメディシンや将来の治療薬に向けて前進するうえで3D培養が有効です。がん研究では、3D培養によって、本物の腫瘍の複雑さを緻密に再現することができます。例えば、複数の細胞タイプを含むオルガノイドを培養することにより、in vivoで複数の細胞タイプや複数の遺伝子変異を持つ腫瘍を模倣することができます。大きな期待が持てる技術進歩を背景に、スキャフォールド(足場)支持型のオルガノイドなど、3D培養のミニチュア化が可能になりつつあり、ハイスループットアプリケーションへの活用も実現しています。

また、3D培養系の使い勝手が向上しているため、これまで以上に現実に即したアッセイの実施を望む研究者にとっては、患者由来細胞をスケールアップすることで、創薬スクリーニングや分子研究に必要となる大量の細胞を確保できます。めったに入手できない臨床検体を待つ必要はありません。これにミニチュア化手法を組み合わせると、患者細胞由来の3Dスフェロイドを直接使用して、数十万種の化合物を持つライブラリーのスクリーニングを実施できます。

未来を担うために

プレシジョンメディシンやAI創薬、3D培養などの新しい動向は、こうした戦略を組み合わせる方法を含め、研究の方向性に新たな可能性を切り開いています。その一例として、患者由来の腫瘍細胞を増殖して、がん患者と、最も有効な薬剤とのマッチングを図る研究プログラムが挙げられます。この方法であれば、研究者は、患者自身の腫瘍細胞に対して承認薬が有効かどうかスクリーニングを実施できるようになります。

このような有望な動向が今後も進展を続けるためには、ライフサイエンス系のメーカーと研究者の協業が不可欠です。オルガノイドのような技術は、スケーラブルな方法で使用するには複雑なため、創薬研究室は3D培養系の構築に専門的な知識・ノウハウを持つメーカーとの協業を通じて、問題発生時の解決に当たっています。その際、メーカー側には、企業やアカデミアの研究者から解決したい問題についての情報が得られ製品開発に役立つメリットがあります。

コーニング ライフサイエンスは、多彩なツールと専門家によるサポート体制で、創薬の課題解決を支援する体制を整えています。私たちは、3D細胞培養分野のリーダーとして、またイノベーターとして35年以上の実績を背景に、Corning® マトリゲル基底膜マトリックスなどゴールドスタンダードのECMを始め、パーミアブルサポート3D培養フラスコマイクロプレートのほか、創薬を支える製品・ツールを総合的に取りそろえています。

創薬・3D培養に関連する最新のツールや動向について最新情報は、コーニングが提供する膨大なプロトコールライブラリー、ウェビナー、各種記事をご利用ください。3D細胞培養創薬ソリューションのページもご覧ください。