細胞免疫療法における製造の壁を克服

今日のブレークスルーは、がんとの戦いにおけるプレシジョンメディシン(精密医療)の新たな時代の到来を告げるものです。そして有望と期待されているもののひとつが、細胞免疫療法です。

研究者らは現場で大きな前進を遂げてきました。しかし、実臨床では製品承認の成功例がいくつかあるものの、研究上のイノベーションを治療法として実用化するまでのプロセスやワークフローに関して、まだ多くの課題が残っています。

画期的な技術は、免疫療法発見・製造の最前線に新たな希望をもたらします。そこで現時点でわかっていることと今後の動向をご紹介します。

CAR-T細胞製造に伴う時間的な問題

これまでのところ、米国食品医薬品局(FDA)は、B細胞がんに対するキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)免疫療法として、2017年にリンパ腫を適応とするアキシカブタゲンシロルユーセル(axicabtagene ciloleucel、商品名:イエスカルタ[Yescarta])、2018年に白血病とリンパ腫を適応とするチサゲンレクルユーセル(tisagenlecleucel、商品名:キムリア[Kymriah])、2021年にリンパ腫を適応とするリソカブタゲンマラルユーセル(lisocabtagene maraleucel、商品名:ブレヤンジ[Breyanzi])の3品目を承認しています。

コーニング ライフサイエンスのシニアプロダクトラインマネージャー、Alejandro Montoya氏(M.Sc.)によれば、一連の承認は、がん研究や免疫療法研究の大きな進歩を示すものですが、まだ解明されていないことが少なくありません。

「CAR-T細胞によって、がん免疫療法の新しい時代が切り拓かれました。しかし、この画期的な技術はまだ初期段階にあります。CAR-T細胞は、一度に複数の抗原を認識する能力など、頑強性、制御性、有効性、利便性を高めるために、改良・強化が続けられています」とMontoya氏は言います。

CAR-T細胞研究は絶えず進化していますが、製造やスケールの問題が新たな限界を作り出しています。がん免疫療法のサプライチェーンは繊細なバランスの上に成り立っています。アフェレーシス(細胞の抽出、分離、体内への再注入)に依存しているものの、常に時間との戦いがあります。つまり、がんの広がる速度との戦いです。

コーニング ライフサイエンスのフィールドアプリケーションサイエンティスト、Ben Josey博士は、次のように説明します。「臨床医が患者から採血してから治療として患者の体内に再注入するまでの間に、がんが急激に進行したり、変化したりすることがあります。患者の体内に早く戻すことができれば、それだけ有効性を発揮する可能性も高まります」

ところが、ワークフローの大部分は手作業で時間もかかります。例えば、リンパ球の分離には、密度勾配培地を加える必要があるのですが、その結果として細胞の表現型にどのような影響が及ぶのかが完全に解明されてはいません。さらに、検体は何度も遠心と洗浄を繰り返す必要があります。こうした作業に研究室の人員を取られ、そのために人的ミスを犯すリスクも生じます。

細胞加工自動化の進歩

密度勾配培地を使わない自動化細胞分離に新しい技術が登場しており、こうした上流での一部の課題を解決する一助となる可能性があります。

Corning X-SERIES® プラットフォームなどのシステムでは、細胞の単離、分離、製剤製造といった主要ステップが合理化されるため、プロセスのプログラム化対応、手作業ステップの排除、人的ミスやコンタミネーションのリスク低減が可能になります。

半自動化システムも導入効果が期待できます。 例えば、Corning X-LAB® システムの場合、細胞が分離されるまでG力と細胞層化を追跡します。その後、バルブを開ければ、細胞が別の区画に移動します。Josey博士によれば、このプラットフォームで赤血球の99%が回収されたのに対して、手作業の溶解の場合は97%にとどまるという実験結果があります(コーニングのアプリケーションノート:CLS-AN-583

またMontoya氏は次のように説明します。「これは高機能でありながら使い勝手のいいプラットフォームです。シングルユースのディスポーザブルカートリッジに全血液検体を入れて遠心機にかけるだけで、あとは自動処理されます」

また、必要に応じて、血小板などの血液成分を別の区画に移すことも可能です。

「このように非常に貴重な細胞を高度に定義された細胞集団として大量に回収できるため、細胞処理中に必要なハンドリングを最小限に抑え、上流の製造工程をより効率的で信頼性のあるものになるようサポートします」とMontoya氏は言います。

他の領域での進歩も、CAR-T細胞治療の臨床応用を後押ししています。例えば、接着培養によるベクター製造では、表面積が限られているという課題があります。しかし、Corning HYPERStack® セルカルチャー容器やCorning Automated Manipulator Platform System、Ascent™ Fixed Bed Reactor (FBR) Systemなど、完全閉鎖系の接着培養容器システムであれば、限られたスペースや人員数であってもスケールアップが可能です。

3D細胞培養の可能性を追求

新しい製造のツールや技術をもってしても、CAR-T細胞の治療やアプリケーションは血液がんの領域にとどまり、固形がんにまでは広がっていません。固形がん環境は、低酸素性、酸性、免疫抑制性であることが多く、T細胞には厳しい環境と言えます。

しかし、3D細胞培養の新たな可能性は、発見やスケールアップを加速させる可能性があります。腫瘍スフェロイドは、典型的な2D培養よりもin vivo生態に近く、Corning スフェロイドマイクロプレートを利用したハイスループット環境で改変T細胞の効果を分析できるため、CAR-T細胞の有望性が確認されています。こうした技術を自動化システムや半自動化システムと組み合わせれば、これまでより短時間でもスクリーニング回数を増やすことができます。

いつの日か、がん終焉の日が訪れるという希望を胸に、これからも研究が進む中で、がん治療はさらなる進歩を遂げるはずです。