Organoids and Organ Regeneration: Cracking the Code

人体というシステムは「ブラックボックス」と語るのは、Beno Freedman博士。研究者が中に入り込んで間近で見ないことには、内部で何が起こっているのか知りようがないからです。このため、オルガノイドはヒト生物学、とりわけFreedman博士が専門とする再生医療に対する理解に多大な影響をもたらしていると博士は言います。

幹細胞オルガノイド疾患モデルは、in vivo状況を模倣するin vitroモデルとして、Freedman博士自身やワシントン大学Freedman研究室が取り組んでいる、将来的に器官再生の暗号解読につながる生物学的シナリオづくりに役立っています。

「細胞のゲノム編集により、必要な遺伝子組成のタイプを手に入れられます。基本的には、自然には存在しない生命体を創り出し、そこに特有の遺伝子が存在するのはなぜかという謎の解明に取り組むことができます」とFreedman博士は言います。

その結果、Freedman研究室にとっては、腎臓学の最前線に関する新たな知見獲得につながっています。同研究チームは先ごろ、ある重要経路がヒト腎臓の発生に果たす役割を発見しました。これはかつては気づかなかったと言います。

この例にとどまらず、オルガノイドは、研究者が疾患病理のブラックボックスをこじ開け、再生医療ソリューション候補を発見することに役立っています。オルガノイドは、人体のほぼすべての器官にとって有望ですが、Freedman博士が特に思い入れがあるのが腎臓です。自身の叔父が腎疾患と闘う姿を目の当たりにした博士は、オルガノイドモデルで腎臓学を進歩させる必要性を痛感しました。

ディッシュ上で疾患を再現

嚢胞が腎機能を妨げる一般的な遺伝性障害の1つに、多発性嚢胞腎がありますが、オルガノイド研究によってこの疾患の治療法が変わる可能性があります。この疾患の治療には、多くの場合、長期の透析が必要になり、QOL(生活の質)を損なうだけでなく、合併症を伴うこともあります。

多発性嚢胞腎患者の多くは最終的に臓器移植が必要になります。患者にしてみれば受け入れ難い話です。移植希望登録をしても実現までには何年もかかることがあり、提供された臓器を移植できたとしても、いつまでも機能するわけではありません。全米腎臓財団の報告によれば、移植された腎臓の半数近くが10年以内に機能を失います。

多発性嚢胞腎には治療法がありません。しかし、Freedman博士率いる研究チームでは、オルガノイドとハイスループット技術を使って、この壁を打ち破ろうとしています。

「長年に渡って、研究者は多発性嚢胞腎患者から細胞を採取し、in vitroで観察するほかありませんでした。しかし、体外に取り出した細胞は変化するため、この疾患による影響を解明できなかったのです」とFreedman博士は振り返ります。「単層培養ではこの疾患を再現できませんが、オルガノイドでは再現できます。オルガノイドであれば、微小尿細管のある正常なオルガノイドからスタートして嚢胞を再現することもできます。この嚢胞を再現したオルガノイドは、尿細管が液体で拡張するため、水中を漂うクラゲのように見えます」とFreedman博士は言います。

この小さなクラゲのような疾患オルガノイドを使えば、オルガノイドに対する治療シミュレーションを何千回でも自動化して実行し、個々の患者に適した治療を見つけ出すことができます。

 

 

さらに博士は次のように評価します。「これまでの常識を覆すものです。組織スケールで疾患をディッシュ上に再現できるという意味で、オルガノイドは特別な存在です。再生医療の観点から言えば、ペトリ皿を患者の代替として利用することで個別化治療を発見できることに他なりません。実際に薬を投与する前にその患者の組織が良好な反応を示すかどうかがわかるのです」

このような目的のためには、こうしたオルガノイドによる細胞増殖が不可欠となることから、スキャフォールドの選択肢として、Corning マトリゲル基底膜マトリックスのように増殖因子やコラーゲン IVを含む細胞外基質が特に有効です。 Corning 超低接着(ULA)表面プレートも、多発性嚢胞腎オルガノイドの研究に非常に有益です。

器官再生の究極の目標

短期的には、研究室でのオルガノイド利用によって、薬理学的目的を達成できます。つまり、研究現場にとっては、患者の体質に基づいた治療法の組み合わせを見つけ出す一助となります。しかし、ここではるかに大きな疑問が生まれます。自分の細胞から新たな器官を創り出せるようになれば、薬で治療する必要もなくなる。そういう時代はいつになったら来るのか、という疑問です。

「長期的には腎臓再生の可能性に大きな期待を抱いています。この領域では究極の目標です。すでにオルガノイドでその途中まで到達できることはわかっています。人体に移植した際に成熟化の可能性があるからです。これが機能するかどうか、そして従来の臓器移植との比較でどうかと言われれば、現時点での答えはノーです。しかし、こういう発想を後押しする文化が醸成されれば、再生医療全体の可能性は、将来的に現実味を帯びる可能性は十分にあります」とFreedman博士は言います。

このブラックボックスを大きくこじ開けるために、科学と医学の関係はますます緊密になっています。器官再生の実現には、まだ何十年もかかるはずですが、オルガノイドのおかげでブラックボックスの中を覗き込むことが可能になり、多種多様な疾患の病態と治療法のギャップを埋める一助になっています。そのうち、私たちの期待以上のことが実現するはずです。

最後にFreedman博士は次のように締めくくりました。「腎疾患に対する21世紀型のソリューションが必要です。そのためには、こういったタイプの研究が重要な意味を持ちます。これは単なる夢の話ではなく、何としても実現に向けて取り組んでいくべき課題です。心を1つにして再生治療に邁進していけば、これから先、十分に期待が持てるはずです」

3D細胞培養によるin vitroの疾患モデリングに革命的な可能性が秘められていることは、腎臓に限った話ではありません。神経オルガノイド胃腸管オルガノイドを始め、さまざまなタイプのオルガノイドによって、個別化医療の道が切り拓かれつつあります。