Organoid-based 3D Model of Human Glioblastoma: Recreating Brain Tumors in a Dish

Brain Organoid Core施設が神経膠芽腫モデルを患者ミニ脳開発に応用

神経膠芽腫は、生存期間中央値が約15カ月にとどまり、患者の5年生存率は6%未満と、成人の原発性脳腫瘍の中で悪性度が最も高い疾患です。神経膠芽腫のがん生物学の完全解明は喫緊の課題であるにもかかわらず、脳微小環境の模倣に適した疾患モデルがないために行く手を阻まれています。

近年、幹細胞由来の自己凝集3D細胞モデルである脳オルガノイドによって脳環境が再現され、神経膠芽腫の詳しい調査・研究に道が開かれています。

今回のSelectScience® のインタビューでは、Weill Cornell MedicineのStarr Foundation Glionoid Translational Core でディレクターを務めるRicha Singhania博士に、培養ディッシュ上でのグリオーマ(神経膠腫)再現を成功させる重要ポイントについて聞きました。

In Vitroで神経膠芽腫を再現する3Dオルガノイド共培養

「脳オルガノイドを使ったヒト神経膠芽腫3Dモデルの開発に成功した結果、こうした腫瘍の基礎的な生態を再現できるようになりました。現在、脳オルガノイド技術と自動ハイスループットスクリーニングを統合して、脳がん患者の個別化標的治療の開発に取り組んでいます」。Singhania博士は、このように語ります。

オルガノイドで神経膠芽腫をモデル化する場合、Glionoid Translational Coreでは共培養モデルを使用します。患者由来のグリオーマ幹細胞を脳オルガノイドと共培養し、腫瘍形成を誘発します。「このモデルを私たちは、神経膠芽腫脳オルガノイド(GLIoblastoma Cerebral Organoid)の頭文字をとってGLICOと呼んでいます。このモデルでは、オルガノイドがもたらすヒト脳微小環境下でグリオーマ腫瘍が増殖します」と博士は説明します。

GLICOは、複数のステップによるプロセスで作製されます。最初に、患者の新鮮腫瘍生検検体からグリオーマ幹細胞を分離します。次に、オルガノイド内での腫瘍増殖をリアルタイムに視覚化するため、蛍光レポーターで標識します。最後に、この腫瘍細胞を、ヒトES細胞かiPS細胞から作製した成熟脳オルガノイドと共培養します。

「共培養から数日以内に腫瘍細胞がオルガノイドへの浸潤を開始します。この浸潤に続いて、オルガノイド全体で腫瘍細胞の増殖・遊走が始まり、最終的には、患者に見られる神経膠芽腫に非常に類似した腫瘍が形成されます」とSinghania博士は言います。 この腫瘍は、浸潤挙動などの特性や主な遺伝的・分子的特徴の面で、本来のグリオーマを模倣しています。

ヒト特異的脳微小環境

GLICOで作製した腫瘍は、患者のグリオーマに見られる表現型の不均一性や分子生物学的不均一性を厳密に再現できます。これは従来の細胞株や動物を使ったモデルで何度も失敗していたことだけに、快挙と言えます。

「このGLICOモデルの最大の特長は、腫瘍がヒト脳内と同じように増殖する点にあります。つまり、腫瘍の挙動を研究できるようになったので、脳への浸潤を阻止する標的分子の発見につながるはずです」とSinghania博士は述べています。

この場合、オルガノイドはミニ脳として機能し、ヒト脳の代用となります。「このGLICOというプラットフォームは、人体での基本的な腫瘍生態を研究できる他に類を見ないツールだと確信しています。自然ヒト腫瘍微小環境の状況で腫瘍と宿主の相互作用を探究し、薬剤候補のテストが可能になりました」とSinghania博士は言います。

ヒト細胞をマウス脳内で増殖させる従来の動物モデルの場合、異種間問題があるため、腫瘍細胞と正常細胞の間で必要なクロストークを捉えることは不可能です。一方、オルガノイドは、ヒト幹細胞由来のため、ヒト特異的脳微小環境を再現できます。「このモデルの利点は、遺伝子変異や遺伝子異常の機能的影響を研究するうえで、遺伝子操作や分子操作が容易な点が挙げられます。そこで、創薬や毒性試験に頑健性のあるプラットフォームとなります」とSinghania博士は説明します。

高品質オルガノイドの開発:適切な条件

ヒト脳は複雑なため、脳オルガノイド作製には4~6週間のプロセスが必要です。「何よりも、適切な条件下で培養された高品質なヒト多能性幹細胞から始めることが非常に重要です」とSinghania博士は指摘します。

「コーニングには、脳オルガノイドの研究を支える優れた製品群が揃っています。ヒト多能性幹細胞の培養には、Corning® マトリゲル ヒトES細胞最適化マトリックスを使用しています」。 細胞外基質は、3D細胞モデル構築に当たって重要な検討事項の1つです。細胞が自己凝集するための構造支持体になるだけでなく、細胞の遊走・増殖の生化学シグナルにもなるからです。

続けてSinghania博士は次のように説明します。「オルガノイド作製過程には、マトリゲル液滴に胚様体を包埋するという、極めて重要なステップがあります。このステップでは、私たちはCorning マトリゲル基底膜マトリックスを使用します。ここでもマトリゲルの組成が重要になるため、コーニングの担当者と緊密に連携しながら良好な再現性を確保しています。私たちがパイプラインで使用するこうした製品はどちらも、オルガノイドの健康状態と適切な分化を維持する重要な役割を担います」

さらに、Corning マトリゲル基底膜マトリックス オルガノイド形成用はロットごとに安定した3Dドーム構造を形成するように最適化されているため、正常組織と患部組織の両方の細胞起源からのオルガノイド形成が可能です。「また、Corning スフェロイドマイクロプレートも使っています。これはオルガノイドを使った自動創薬スクリーニングプラットフォームに非常に役立っています」とSinghania博士は付け加えます。

患者自身のミニ脳

Weill Cornell Medicineの脳オルガノイド設備で進められる重要プロジェクトでは、このオルガノイドを使った神経膠芽腫モデルで臨床的に重要な意義のある創薬スクリーニングを実施しています。自動ハイスループットスクリーニングプラットフォームは、GLICO腫瘍での薬剤ライブラリーのスクリーニングを促進します。

「今後は、自家脳オルガノイド、つまり培養ディッシュ上で増殖する患者自身のミニ脳を導き出したいと考えています。これがあれば、患者特異的な腫瘍オルガノイドを作製し、腫瘍モデリングや個別化薬理試験の精密医療ツールとして活用できます」。こうした取り組みのゴールは、基本的に、特定の変異や遺伝子異常のある患者に対して、クリニックで提案される治療法に効果があるかどうかを予測することにあります。

「患者の腫瘍細胞と患者自身のミニ脳を組み合わせれば、新たな道が開かれます。脳がん患者ごとに個別化ソリューションを生み出す機会が得られます」とSinghania博士は語ります。

トランスレーショナルリサーチにおける脳オルガノイドの未来

脳オルガノイドのおかげで、神経科学研究はかつては考えられなかった状況に突入しています。従来のマウスモデルで必要だったコストや時間、リソースの何分の1かで本物に近いヒト脳微小環境が実現可能になっています。

Singhania博士は次のように説明します。「オルガノイド技術は絶えず注目を集め、改良が続けられており、神経疾患研究にパラダイムシフトをもたらしています。最近のオルガノイド研究は、培養ディッシュ上での脳領域間相互作用や神経回路形成に重点が置かれており、精神神経疾患を探究する新たなツールになっています」

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行の中、脳オルガノイドは、ウイルス感染をモデル化し、中枢神経系への影響を調べるツールとして利用されました。続けてSinghania博士は次のように説明します。「多くの研究グループが、脳オルガノイドに新型コロナウイルスを感染させる実験に取り組みました。その結果、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は脈絡叢を優先的に標的にして脳脊髄液関門を破壊するために、免疫細胞やサイトカインの漏出につながり、神経炎症の引き金となることがわかりました」

さらにSinghania博士によれば、「脳オルガノイドはとてつもない可能性を秘めている」と言います。「患者本位の研究を進めるうえで、かつてないほど大きな機会と言えます。この技術は日に日に向上しており、こうしたモデル系は患者に対する予測性が高まっています」