がん細胞の運動能阻害で転移は阻止できるのか

がん細胞が単独で脱離し、他部位へ浸潤し、新しい細胞コロニーを形成しなければ、がんは転移することができません。つまり、細胞運動能を標的にすることで転移を阻止できる可能性があり、これは数えきれないほどのがん患者に新たな希望を与えるものになるでしょう。

そのため、研究現場では、特に個別化医療での使用を念頭に、転移性がんへの運動能阻害療法の前臨床アプリケーション研究が続けられています。2D培養でも、遺伝子スクリーニングや薬理スクリーニングは可能ですが、3Dモデルであれば、細胞外基質(ECM)を使ってin vivo構造を再現することにより、新しい方法でその可能性を広げることができます。

細胞運動能研究は可能性にあふれていると話すのは、コーニング ライフサイエンスのプロダクトラインマネージャー、Shabana Islam博士です。実際、腫瘍転移における細胞運動能の役割を評価するアッセイは多数あります。

「細胞運動能を阻害して転移を予防する最適な方法はがんのタイプ、発生部位、治療歴、患者の全体的な健康状態によって異なります。」とIslam博士は説明します。

ほとんどの腫瘍細胞運動能研究は、がんの原発部位で脱離してから体内の別の部位での接着に至るまでのプロセスを対象にしていますが、関連するステップは密接に関連しています。

転移のメカニズムに迫る

がんの転移には次の4つのステップがあります。

  • 脱離:がん細胞が基底膜を分解するか押し破って破壊し、腫瘍原発部位から脱離します。
  • 遊走:がん細胞が血管やリンパ管を介して新しい部位(局所組織か、近くのリンパ節、臓器、組織)に移動します。
  • 浸潤:腫瘍細胞がECMを分解して新しい部位に入り込みます。
  • 接着:細胞が新しい環境に再接着・統合します。

各ステップは個別のメカニズムで成り立っていますが、相互に関連しています。このため、いずれかを阻害することで全体的な過程が中断され、結果的に悪性腫瘍を局所にとどめるだけでなく、うまくいけば治療可能性や生存率の向上にもつながります。このため、転移を研究する研究者は、転移過程をステップごとに分析する必要があります。

「浸潤を研究する場合、その前後の遊走と接着も見る必要があるのです。遊走の研究も同様で、細胞の動きだけでなく、脱離、浸潤、接着まで研究しなければなりません。」とIslam博士は言います。

転移研究に最適なツール

細胞運動能研究では、複数のステップが密接に関連していることを踏まえ、Islam博士は、パーミアブルサポートの有用性を指摘します。これは、いわばオールインワン型の容器で、ECMによるコーティングも可能です。また、1つの培養器具で実験が完結できるため、各ステップ間で材料を移す必要もありません。

パーミアブルサポートには、各種ポアサイズが揃っているため、幅広い研究目標に対応します。Islam博士によれば、通常、遊走アッセイでは、3 μmから5 μmのサポートを使用し、フィブロネクチン(接着因子)のコーティングありとコーティングなしが選択できます。一方、浸潤アッセイでは、一般にコーティング済みの8 μmサポートを使用します。

3D細胞研究の場合、オルガノイド培養にECMが必要だとIslam博士は説明します。ただし、「がん性細胞はECMの壁を通過して転移するわけですから、細胞浸潤の研究でもECMは必要になります。」とIslam博士は言います。

ハイスループットスクリーニングを実施するのであれば、Corning® FluoroBlok™ セルカルチャーインサートも検討しておく必要があります。これは、遊走・浸潤アッセイに伴う細胞数カウントのためにECM層を塗布したり、ぬぐい取る時間や手間を節約できます。このインサートは、波長400〜700 nmの光の透過を遮断する役割も担います。

3Dモデルの可能性

細胞運動能研究の重要性が高まる中、3Dモデルは、がん転移における細胞運動能の役割に関する研究など、多くの領域で欠けていた知識をもたらす可能性があります。

「1つのアッセイで完璧な答えが出るわけではありません。科学者には検証という仕事が残されていますし、そこからみんなで過去の研究データや実験を評価する必要があります。」とIslam博士は言います。とはいえ、個別化医療を前提とした3D個別化in vitroオルガノイドは、基礎研究・臨床研究の双方のプロジェクト向けに3D環境を再現できるため、今後に向けて、非常に有望視されています。

もちろん、2Dの実験に価値がないという意味ではありません。

「オルガノイドに1つ限界があるとすれば、血管形成です。これは細胞の遊走・浸潤の研究に不可欠な要素なのです。」とIslam博士は言います。

ただし、技術が急速に進歩していて、ブレークスルーもかつてないほど速いペースで次々に実現しています。思わぬ進化がすぐそこまで迫っているかもしれません。

Islam博士は次のように話します。「技術の進歩はとどまるところを知りません。研究者は絶えず最新の状況や技術にアンテナを張り、学会にもこまめに足を運んで、自身の研究に役立ちそうな目新しいものがないか、常に関心を持っておくことが大切です。」