がんの個別化治療進展の鍵を握るHUBオルガノイド

オルガノイドの利点、そしてこうした3D組織培養が患者治療や治療反応予測に革命をもたらす大きな可能性について、Sylvia Boj博士に聞きました。

3Dが生み出す新たな可能性

2008年、Hans Clevers LaboratoryのNick Barker博士は、Lgr5(leucine-rich repeat-containing G protein-coupled receptor 5)が成体幹細胞集団に特有のマーカーであることを突き止めました。以来、オルガノイド研究は驚異的なペースで進展しています。ほどなくして、こうした細胞由来のin vitro 3D臓器モデルが疾患モデル構築に大いに有望であり、実臨床の状況を模倣した環境での細胞挙動、組織修復、薬剤応答の研究に役立つ可能性があることが明らかになりました。現在、幹細胞から多種多様な臓器・組織を再現し、元の遺伝的特徴や細胞構成を模倣したヒト疾患モデルを作製できるようになっています。

Lgr5の発見以来、Clevers Labでは、同研究室からスピンアウトして誕生した企業のHubrecht Organoid Technology(HUB)を通じてこの技術を産業化することを目的とし、創薬や患者反応の理解を改善する新たなin vitroモデルの開発を続けています。Boj博士は「マウスの小腸から採取した試料によるモデル開発を開始しました。」と言います。「ヒト組織による独自のプロセスを開発し、肝臓、膵臓、乳房、肺、卵巣のオルガノイドを作製しています。形成したHUBオルガノイドは、世界各地のお客様に提供しており、また、独自の毒性試験プログラム用に動物モデルの小コレクションを引き続き維持しています。」とBoj博士は述べています。

個別化医療への道

科学の進歩に伴い、治療の選択肢も広がっていますが、どの患者がどの治療に感受性を示すのか予測することは依然として困難です。患者組織の生物学的特徴を模倣する患者由来オルガノイドが形成できれば、多様な薬剤試験や細胞応答の観察が可能になります。この理由から欧州の病院や病理部がHUBとの共同研究に乗り出しており、HUBでは直腸生検や針生検から腫瘍性病変に至るまで、さまざまな検体を入手しています。 

「病院から受け取った検体は、即座に処理されます。私のチームでは細胞から上皮細胞だけを単離しています。」とBoj博士は言います。「単離した細胞は、培養プレートに移し、数日でオルガノイドを物理的に観察できるようになります。組織タイプや検体の量・質、疾患モデルにもよりますが、患者検体入手から数週間以内にマスター細胞バイオバンクの設立に十分な量のオルガノイドを作製できます。」とBoj博士は説明します。例えば、腸管モデルは通常、2、3週間で作製できますが、他のモデルの場合、最大12週間かかることもあります。

「腫瘍の同定後、ただちにオルガノイドを作成してスクリーニングを実行できる体制を整える必要があります。医師は、診断から4〜6週間の期間に、最も効果的な治療法で患者を治療する必要があります。」とBoj博士は続けます。このように治療法を決定する時間が限られているにもかかわらず、HUBの研究チームは、一部のがん限定とはいえ、この目標を達成することに成功しました。Boj博士は、「私たちが抱えているもう1つの課題が、患者反応の予測です。」として、次のように説明します。「遺伝学は遺伝的景観・遺伝子変異の存在に基づく治療法の同定に役立ちますが、同じ変異が別の患者に存在するからといって、必ずしも患者反応が予測できるわけではありません。現在、同じ変異を持つさまざまな患者由来のオルガノイドを観察しており、特に反応の違いを注意深く観察しています。」 

研究者の間で人気に

オルガノイド研究の発展に伴い、多くの研究者がオルガノイドを好ましいin vitroモデルとして認識し始めています。Boj博士は次のように説明します。「HUBオルガノイドは、不均一性を再現し、腫瘍内にあるさまざまなクローンを維持できます。残念ながら2Dの細胞株でこうしたクローンを維持することは困難です。2Dの細胞株は、腫瘍のクローンを1つしか再現できないからです。」HUBオルガノイドの利点はほかにもあると、Boj博士は続けます。「オルガノイド開発の重要な側面として、正常組織を培養できる点が挙げられます。これは、薬剤が正常細胞に与える影響や潜在的な副作用を調べる上で大きなメリットになります。」この結果、HUBは、患者反応の変動性を大規模に研究できるようになりました。

HUBオルガノイドは、臨床的に有用なモデルという意味で、患者由来異種移植モデル(PDXモデル)という共通点があります。しかし、PDXモデルは開発に時間がかかり、高コストになりがちです。「HUBオルガノイドは、PDXモデルと比べて高い有効性を示します。これは、マウスモデル内で作製されるPDXのほうが複雑になってしまうためです。」とBoj博士は言います。

共同研究の成功

3D細胞培養の人気の高まりを受け、研究現場で新たな課題も持ち上がっています。オルガノイドの形成、効率性、維持を確実に最適化するためには、専用の施設や技術、手法が必要とされるからです。効果的なスクリーニングの実施や患者反応の予測に必要なオルガノイドの数を削減するため、Boj博士率いるチームは、ヤマハ発動機株式会社と共同で細胞ハンドリング装置「CELL HANDLER™」技術の研究・検証に取り組んでいます。「CELL HANDLERは、私たちが実施するスクリーニングを基に、再現性と確実性に優れたデータを出せるので、研究に用いるあらゆる手順の標準化に役立ちます。実際、CELL HANDLERのおかげで、スクリーニング手順に必要なオルガノイド数を削減できています。」とBoj博士は述べています。

同じくHUBのオルガノイド成功の鍵となったのが、Corning® マトリゲル基底膜マトリックスです。「私たちの研究は、コーニング製品と深いつながりがあります。マトリゲル基底膜マトリックスのおかげで、オルガノイド形成の最適化が促進されます。」とBoj博士は言います。「コーニングの細胞外基質(ECM)は、バッチごとにテストする必要がなく、貴重な時間を節約できます。」とBoj博士は続けます。Boj博士のチームでは、このマトリゲルが一貫して頑強性と信頼性のある結果をもたらしていることから、オルガノイド研究に携わる他の研究者にも推奨したいそうです。「マトリゲル基底膜マトリックスを使うと、オルガノイドの形成が迅速化され、質も高まることがわかりました。」とBoj博士は付け加えます。

今後の展望

Boj博士らのチームが個別化医療領域に多大な進歩をもたらし、治療成績の向上だけでなく、新たな単因子遺伝性疾患の同定にも寄与していることは言うまでもありません。将来を見据え、HUBのチームでは、オルガノイド1つひとつを通じて、宿主と微生物叢(マイクロバイオーム)の相互作用の研究とともに救命にも貢献しながら、引き続き科学の可能性を押し広げ、患者反応の再現性や模倣性の向上に取り組んでいます。