以下は、2022年11月4日にCell & Gene Therapy Insightsに掲載された記事を翻訳したものです。
細胞治療薬開発の領域で悩みの種といえば、スケール変更に絡む問題が挙げられます。今日、開発パイプラインの創薬モダリティの多くは、費用対効果を追求しながら十分な歩留まりと品質を確保して、商用需要に見合う生産パラダイムの確立が難しく、こうした創薬の前に立ちはだかる大きな壁となっています。このようなスケールの実現に必要な最適化作業の大半は、スケールアウトではなくスケールアップに対応した細胞培養を実現することが前提となります。実際、特定の細胞タイプは、接着培養系であれば効率的に培養できても、浮遊培養系に移行が難しく、最終的な商用化の可能性を制限しかねません。設備の設置面積が大きく、必要人員も多くなり、バイオ医薬品企業の多くにとっては、予算的に現実的ではないからです。
マイクロキャリアは、浮遊バイオリアクターで接着細胞の増殖を可能にする担体マトリックスで、難度の高い細胞治療薬アプリケーションのスケールアップを簡略化できる可能性があります。バイオ企業のWaisman Biomanufacturing(以下Waisman社)は、最近の社内実験の結果、間葉系間質細胞(MSC)を使い、バイオリアクターとマイクロキャリアを組み合わせた新しい生産プラットフォームのコンパラビリティ(同等性・同質性)を実証することに成功しました。Waisman社は、モデル系に骨髄由来MSCを使用し、バイオリアクターとCorning🄬 Synthemax® II マイクロキャリアを組み合わせることにより、標準的な接着培養法と比較して、細胞集団の倍加時間(DT)が同等であることを実証しました(図1)。125 mLと500 mLのスピナーフラスコでの回収濃度と収率も2Dと同等(公開データなし)でした。パイロットスケールの3Lバイオリアクターによる実験結果は、高い実現可能性と細胞生存率(公開データなし)を示したものの、下図にあるように、倍加時間が増えています。今後のスケールアップに先立ち、パイロットスケールのバイオリアクターでさらに最適化に取り組むことが大切と考えられます。
骨髄由来MSCは、in vitroでは細胞が老化しやすいため、スケーラビリティに限界があります。しかし、業界内やWaisman社内に蓄積されている科学的根拠から、マイクロキャリアが従来の接着培養法を補完するモデル系としては、MSCが理想的であることがわかりました。接着培養系と浮遊培養系を融合させるこの方法は、iPS細胞などの新規採取源に由来する細胞も含め、腫瘍由来細胞株、多能性幹細胞、MSCなど、細胞治療薬の幅広いモダリティを対象に、円滑なスケールアップを促進する可能性があります。
マイクロキャリア技術による接着細胞のスケーラビリティを改善
通常、接着細胞アプリケーション向けの製造は、培地スクリーニングから始まり、続いて、小型の単層Tフラスコを使った細胞株の増殖特性評価に移ります。この初期細胞培養からは、増殖率、播種濃度、最適な細胞回収法について、有益な知見が得られることがあります。この作業の後、下流の動物実験や治験を見据えたアプリケーションの要件に応じて、多層型のCorning CellSTACK™ 培養チャンバーか、Corning HYPERStack® 容器などの大容量容器へとスケールアップします。骨髄由来MSCの場合、このプロセスは単純で、最終的なスケールは細胞が老化するまでの継代数によって決まります。多層型容器での細胞増殖にはかなりの一貫性を確保しやすいものの、この方法は、時間も手間もかかり、特にアプリケーションのスケール変更に伴って、滅菌性の維持に関するリスクが大きくなります。その主な原因として、こうした培養系では手作業の操作を伴う点が挙げられます。しかも、1台のバイオリアクターと同じ量を製造するのに、例えば10個とか15個というふうにいくつもの容器を使用することになります。それでも、特定の細胞については、なるべく自然な接着培養環境で培養することに利点はあるものの、多くの複雑な治療薬資産では、その利点を維持しつつ、スケーラビリティを向上させることが必須です。
この課題に対処するため、Waisman社は、Corning マイクロキャリアを使って細胞増殖を実現するプラットフォームワークフローの確立に乗り出しました。Waisman社は、コーニングのフィールドアプリケーションサイエンティスト、Tom Bongiorno博士の協力の下、6ウェルプレートでの初期スクリーニングを含むワークフローを開発しました。この初期スクリーニングには、細胞が特定マイクロキャリアと接着する傾向や、マイクロキャリアから細胞を剥離可能かどうかの確認が含まれます。これを基に、Waisman社は、そのプロセスをCorning スピナーフラスコにスケール変更し、最終的に3Lバイオリアクターへとスケールアップしました。ここでの目標は、従来の平面培養に比べ、マイクロキャリア利用のほうがMSCを効率的に培養できると実証することにありました。マイクロキャリア系で骨髄由来MSCのコンパラビリティが確保されたことから、Waisman社では、幹細胞を中心に、このアプローチに適したさまざまな細胞タイプの培養にも展開していく計画です。このアプリケーションは、細胞治療薬にとどまらず、エクソソームやセクレトーム由来製品などの派生製品にも展開される可能性があり、業界内で関心が高まっています。
マイクロキャリアで制御を改善するとともに手動操作を削減
マイクロキャリア利用による接着培養系と浮遊培養系の融合で期待できるメリットは、足場依存性細胞で多岐にわたります。1台のバイオリアクターで細胞を培養するため、オペレーターにとっては、培地のパラメーター、栄養素、老廃物のフローを制御しやすくなり、さらに最適化したスケーラビリティの高いプロセスを実現できます。これは、無制限の増殖能を持つ接着細胞には画期的な手法であり、人手のかかるアプローチや、実現に大がかりな自動化・ロボット導入が必要なソリューションを回避できます。また、マイクロキャリアを使って幹細胞治療薬の浮遊細胞培養を実現すると、スケーラビリティが向上し、細胞の効力や分化能をさらに良好に維持できるようになります。
Waisman社の事業開発ディレクター、Brian Dattilo博士によれば、大規模治験のサポート、開発後期相への移行、アプリケーションのスケーラビリティ評価への早期投資を検討中の企業にとって、最終的なGMP製造方法を決定するうえで、この新しいワークフローは極めて重要な役割を担う可能性があると指摘し、次のように話しています。「このワークフローを実施すれば、細胞がGMP製造に適したマイクロキャリアに接着するかどうか、マイクロキャリアから細胞を剥離できるかどうかを評価し、原価やスケールメリットに関する経済分析により実現可能性を判断できると自信を持っています」
特に重要なポイントとして、Waisman社は、小スケールの125 mL スピナーフラスコと3Lパイロットスケールのバイオリアクターの両者について、双方の系で撹拌に違いがあり、ガス移動や流体力学に影響がありうるにもかかわらず、増殖パラメーターや栄養素・老廃物分析が同等であることを実証しています。「小スケールと3Lスケールは物理特性に違いがあるものの、非常に一貫性のある増殖パラメーターなどの因子が見られました。この結果、3Lを超えるスケール変更にも自信を持っています。克服すべき技術的な課題は常について回りますが、バイオリアクターシリーズ内でスケールアップする場合は、スピナーフラスコから小型バイオリアクターに移行する場合ほど劇的な違いはありません」(Dattilo博士)
技術とサプライヤーのノウハウを生かし、さらに充実した製造体制へ
Waisman社の新プラットフォームを確立する際、最適化作業が欠かせませんでした。具体的には、マルチウェルプレートを使った細胞の表面接着テストに始まり、スピナーフラスコとバイオリアクターの両スケールでの細胞とマイクロキャリアの比率など主要パラメーターの分析に至るまで、スケールごとに徹底して一歩一歩着実なプロセスが必要でした。マイクロキャリアを伴うプロセスの最適化は、複雑な作業になることがあります。さまざまなマイクロキャリアがある中で、例えばコーニング提供のマイクロキャリアは、各種表面コーティングがそろっています。
最終的には、競争が激化する世界で成功を狙ううえで、複雑なバイオ医薬品開発の迅速化に必要なプロセス最適化に熱心に取り組んでくれるCDMO(医薬品開発製造受託機関)を見つけることが非常に重要です。特に、サプライヤーと協力しながら課題解消に意欲的なCDMOは非常に貴重な存在です。というのも、こうしたプロセスでめざす一貫性やスケーラビリティの大部分は、そのようなプロセスのサポートに特化した技術や機器に大きく依存しているからです。こうした新しいモダリティを対象としたスケール拡大に向けて根気強く取り組むためには、コーニングのフィールドアプリケーションサイエンティストチームのように、専門ノウハウと専任スタッフを擁する培養パートナーを見つけることが効率性や費用対効果を追求した生産体制づくりの一助となり、先進治療領域での患者のアクセス改善に道を開きます。同様に、Waisman社のようなCDMOと手を組めば、開発やスケールアップの最適化に当たって、高度なノウハウの提供や柔軟な対応が期待できるため、商用化に向けて効率的で迅速な道筋を描けるようになります。
寄稿者について
Brian Dattilo博士は、Waisman Biomanufacturing社の事業開発ディレクター。バンダービルト大学で、組換えタンパク質生産、 精製、解析的特徴付けを専門に研究し、生化学博士号を取得しました。米生物医学先端研究開発局(BARDA)のプログラムマネージャーとして、数百万ドルの開発予算を投じた革新的プラットフォーム技術や、これを生かした新型インフルエンザや生物テロ防御アプリケーション向けのワクチン、生物学的製剤、診断開発への応用を担当した後、Waisman社に入社しました。2012年にWaisman社に入社以降、顧客対応、技術製品開発計画策定、プロジェクトの予算管理・原価見積もりを統括しているほか、新規プラットフォーム投資のためのビジネスケース(事業計画)作成も担当しています。
Tom Bongiorno博士は、コーニング ライフサイエンスのフィールドアプリケーションサイエンティストとして、米国中部を担当。専門は、幹細胞治療薬、バイオプロセシング、培地開発、凍結保存。ジョージア工科大学でPhD(バイオエンジニアリング)、ノートルダム大学で学士号(機械工学)取得。
コーニング ライフサイエンスの概要
コーニング ライフサイエンスは、細胞培養、バイオプロセス製造、リキッドハンドリング、ベンチトップ機器、ガラス器具の各種製品を手がけるグローバルな大手メーカーです。コーニングでは、細胞の力を生かして画期的イノベーションづくりに挑む研究者の支援を目的に、効率化やソリューション開発に取り組んでいます。コーニングは、核となる細胞培養、バイオプロセス、がん研究、初代細胞・幹細胞、創薬スクリーニング、細胞・遺伝子治療、疾患モデル構築、ラボオートメーションなど、いくつかのアプリケーション領域を対象に研究活動を支援しています。詳細については、www.corning.com/lifesciencesをご覧ください。
Waisman Biomanufacturing社の概要
Waisman社は、細胞培養スペシャリストチームの幅広い経験を生かし、製品細胞株ごとに固有の培養パラメーターの最適化を実現しています。各クライアントと緊密に連携しながら、cGMP/ICH要件に適合する細胞培養プロセスや細胞バンク構築プログラムを開発しています。生産施設には、生物製剤製造、細胞・遺伝子治療のためのマスター細胞バンクやワーキング細胞バンクの製造など、細胞療法アプリケーションで使用する哺乳類細胞の培養専用に設計された細胞療法室が5室あります。詳細については、www.gmpbio.orgをご覧ください。