オルガノイドライブラリーの構築:がん患者の潜在的治療法に対する感受性の検証

患者由来の膵臓オルガノイドを用いた個別化治療に向けたある研究室の取り組み

細胞システムのミニチュア版がin vitro培養できるようになり、疾病モデルの構築や創薬における強力なツールとなっています。オルガノイドは3D培地で幹細胞から培養され、従来の2D培養よりも生理学的に関連性がありかつ現実的な細胞間相互作用の観察が可能です。こうした3Dモデルは、臓器内でどのような細胞間相互作用が起きているかを調べ、その相互作用が疾患の進行によってどのように阻害されるかを明らかにするとともに、潜在的治療法の効果を検証するために用いられています。

 

本稿では、カリフォルニア大学サンディエゴ校でプロジェクト担当共同研究者を努めるHervé Tiriac博士が、がん治療法のin vitro試験を行う膵臓オルガノイド研究室の立ち上げにあたり、どのような役割を果たしたかを語っています。

がん治療の個別化アプローチ

Hervé Tiriac博士は、膵臓オルガノイド確立に向けたプロトコールの微調整にキャリアを捧げて取り組んできました。Cold Spring Harbor Laboratoryで行ってきた研究を踏まえて、現在臨床使用に向けてプロトコールを書き換えているところです。

オルガノイドは、精密医療の有望な手段で、特にひとりひとりの患者に応じた治療法の開発に役立つことが期待されています。Tiriac博士は、70人近い患者に由来するオルガノイドを用いて、オルガノイドがその由来元である腫瘍の分子レベルの特性を反映していることを示しました。また、広範な研究を通じて、in vitroで患者由来オルガノイドが治療感受性を示した場合、その患者は臨床で同じ薬剤に対する感受性を示す傾向があることも報告しました。この確かな予測力は、個々の患者にとって最良の治療を特定するうえで有用な手段となり得ます。

カリフォルニア大学外科では、潜在的治療法に対する患者の反応を調べるべく、膵臓オルガノイドライブラリーを拡張することで、Tiriac博士の研究を推し進めようとしています。

腫瘍生検から3Dモデルへ

カリフォルニア大学のオルガノイドライブラリーは、膵管腺がん患者から外科手術や超音波内視鏡下穿刺吸引生検により採取したサンプルを基盤として構築されたものです。得られた組織サンプルは酵素処理され、直接3D環境に埋め込まれ、がん細胞の増殖とオルガノイドの形成を促す増殖因子とWntリガンドを含有した培地を添加します。

多くの場合、この培地はその場で調整する必要があり、すべての準備を整えるのに数ヶ月かかることもあります。Tiriac博士は、「必要とされるWnt3Aリガンドを発現する細胞から直接採取した手作りの馴化培地を使う方が好ましく、そのため時間がかかります。」と説明しています。出来上がった培地は、ヒト用完全培地と称され、Wnt3Aリガンド、ノギン、ニコチンアミド、R-スポンジン1などの混合物を含有しています。

Tiriac博士の研究室では、次にこの培地を入れた6ウェル培養プレートにがん細胞とマトリゲルから成るドーム状の3D構造体を形成させます。Tiriac博士は次のように述べています。「CorningⓇ HYPERFlask®(ハイパーフラスコ)も使っています。このフラスコ1個でT175フラスコ10個分の培養面積があります。要するに、10個使うところを1個で済ませられるので、より大量の培養をより速く行えるし、培養施設内のスペースもあまり使わずに済みます。」

膵臓オルガノイドに残された課題

オルガノイドは強力なツールですが、オルガノイドならではの課題もあります。オルガノイドの主な制約は、生きて呼吸する生命体で起こると思われる特性や相互作用のすべてを再現することはできないということです。このことが研究にどのような影響を及ぼしているかについて、Tiriac博士は次のように説明しています。「多くのがんにおいて、がん細胞の増殖を促すのは環境であることがわかっています。しかし、培養容器の中でその環境を実際につくり出しているわけではありません。そのため、体内で行われているように、相互に作用し、影響し合う細胞タイプが多い場合のプロトコールをどう構築するかが課題となります。」

またTiriac博士は、有効なオルガノイドライブラリーを構築するためには、生きたがん細胞を含む患者サンプルを十分に集める必要がありますが、多くの患者はネオアジュバント療法、つまり手術でがん組織を除去する前に治療を受けていることも指摘しています。「このネオアジュバント療法がうまく行けば、患者にとってすばらしいことです。ただ、そのために培養容器内で病態モデルを作製することができないのです。残念ながら、現在の化学療法ではしばしばがんが再発する場合があります。ですから、がん細胞がすべて死滅しているわけではないことはわかっているのですが、現在の技術では、残っているわずかながん細胞を採取してその細胞からオルガノイドを形成することはできません。」

「引き続きオルガノイドを用いて薬剤感受性のある患者と薬剤耐性のある患者を特定・識別し、その特性に応じたバイオマーカーを決定したいと思っています。」

将来のオルガノイドライブラリーに望むこと

カリフォルニア大学での再出発は、膵臓オルガノイドに重点を置いたという点で成功でした。しかし、この概念をさらに押し広げて、より広範な疾患の治療でも試したいと考えています。次なるステップは、この方法を他の消化器系のがんに適用することです。例えば、プロトコールが確立されていて、現在行われている方法と類似している大腸オルガノイドが挙げられます。

Tiriac博士は、プロセスのさらなる最適化も進めたいとしており、最良の治療法をもっと迅速に特定する必要性について次のように説明しました。「ある患者にとても効果のあることでも、同じ病気を持つ多くの患者には効かないかもしれません。したがって、現時点では患者ごとにオルガノイドを培養する必要があります。しかし将来的には、何が患者の感受性や耐性をもたらしているかを特定し、個々の患者のオルガノイドを必要としない迅速な検査方法を確立することができるはずです。」