アカデミアから大手製薬会社にまで広がりを見せる3D細胞培養

2010年当時のライフサイエンス系の大規模なイベントに参加したことがある方なら記憶にあるかもしれませんが、3D細胞培養研究について触れているポスターや発表はあまりなかったのではないでしょうか。当時は学術的な興味の対象であっても、少なくとも大手製薬会社の研究者が真剣に取り組むものではありませんでした。

それから10年の歳月が流れた今、隔世の感があります。今や3D細胞培養は、目立たないポスターや発表でひっそり扱われるものではなく、3Dの有望性が国際会議で大々的に取り上げられる時代なのです。大手製薬会社も例外ではありません。ドイツで開催予定だった会議「3D Cell Culture 2020」は、コロナ禍で延期となったものの、実行委員会や講演には製薬業界の関係者が名を連ねていました。

コーニング ライフサイエンスの上席アプリケーションサイエンティスト、Hilary Sherman氏は「数年前から関心が高まっていました。そして、今年初めに参加したSLASでは、話題は3D一色といった雰囲気でした。」と言います。

3D細胞培養研究の台頭

GEN Edge Newsによると、3D細胞培養は、その生物学的特性や操作性により、Novartisなどの製薬業界の有力企業から注目を浴び始めています。例えば、3Dモデルは、2D細胞培養モデルよりも厳密にin vivo状況を模倣します。最初は研究助成金中心の世界で研究された3D細胞培養は、改良が進み、その可能性は多様で、しかも多方面で実証されています。

「製薬大手の関心が醸成された背景には、ここ数年に渡って進められてきた官学協同研究も挙げられます。」こう語るのは、コーニングの創薬セールススペシャリスト、Jeff Heath氏です。「これがトレンドを生み出すきっかけになり、学会や論文でそれらの研究が発表されたことも影響を与えました。」とHeath氏は言います。

文献上は以前から3Dの将来性が評価されていましたが、製薬業界の採用が進むのは、大規模な3D利用に経営的に現実味が出てきてからのことでした。その契機となったのが、3Dをより身近に、より手間をかけずに使用できる市販のツールや技術の登場です。

「学術研究室は十分に人員を確保できる一方、予算にはかなりの制約があるため、高労働で低コストのアプローチを好む傾向があります。しかし、製薬業界ではそのようなやり方は現実的ではありません。企業研究者には、研究者の手間を省き、円滑にスケールアップしてスループットを確保し、自動化につなげやすくしてくれるツールなどが必要です。」とSherman氏は述べています。

ハイペースで変化する製薬業界では人員と時間が非常に貴重とされているため、ハイスループットソリューションがワークフローの効率化につながります。細胞外基質(ECM)が分注済みのマイクロプレートなどの登場で、1ウェル当たりの投資額を費用対効果が見込める水準まで落とすことができるようになりました。この結果、市場の成長に道が開かれ、治療領域全体で新たな可能性が生まれました。

路線転換前に検討しておきたいこと

Heath氏は、「ほとんどの研究領域で、3Dに関心が寄せられています。今や業界全体に広がり、さまざまな治療適応症で利用されつつあります。」と説明します。

こうした適応症はすべて実験対象になっているものの、実際の2Dから3Dへの移行は依然として症例に依存するうえに、高度に専門化されていて、中にはイメージングプラットフォームでの3D構造のスキャン・解析に時間がかかるなど、壁にぶつかって停滞しているものもあります。こうした課題があるため、3D培養は創薬領域に広く浸透しているとは言いがたい状況にあります。

「2Dで問題なく回っていれば、ほとんどの場合、『どうして3Dにする必要があるのか』と反発されるでしょう。」こうSherman氏は語ります。「逆に言えば、3Dに移行するのは、2Dでうまく解決できない問題があると考えているからにほかなりません。」

現在、がん研究領域では、ほとんどの研究活動が3D培養で進められていて、これを受けてメーカー各社も3Dの可能性を広げる方向に軸足を移すとともに予算も確保するようになりました。多くのメーカーは、3Dモデル開発業務に特化した専任グループを設置しています。

2Dと3Dが共存する未来

もっとも、新たな展開になったとしても、がん研究や他の適応症で2Dがお蔵入りになるわけではありません。むしろ逆で、Sherman氏によれば、将来、製薬大手ではこの2つの手法が共存し、それぞれが研究現場で同じように重要な目標の達成に向けてニーズに応えるようになります。

Sherman氏は「結局、何を求めているかによる」として、次のように説明します。「一定水準のデータ品質をめざすのであれば、より適切な選択肢として、3Dへの投資を強化する必要があります。しかし、研究者が抱える多くの問題は、2Dでもうまく解決されるはずです。」

こうした判断が整然と下すことのできる状況には至っていないとはいえ、徐々に明らかになってきた進化に期待できる根拠はまだあります。

Heath氏は言います。「3D研究を採用している製薬会社では大きな進展が見えているのではないでしょうか。私たちは、正しい方向に歩んでいるのです。」