浮遊培養か接着培養か 〜実験内容に応じて選ぶ培養法〜

実験に用いる培養細胞はとても貴重。それだけに、最適な培養条件を整えたいものです。では、細胞培養法の選定に当たって、浮遊培養と接着培養のどちらを選べばいいのでしょうか。

それは条件次第です。

容器選定は、スケールやリソース、タイミング、細胞の種類、必要な培養検査やパラメーター制御の頻度・規模など、数え切れないほどの操作因子や生物学的因子に左右されます。多くの足場依存性の細胞タイプはフラスコなどの接着培養プラットフォームから培養を始めますが、必ずしもスケールアップに対応しているわけではありません。一方、浮遊培養プラットフォームは拡張性に優れていますが、細胞を浮遊培養に適合させる過程ははるかに複雑になる可能性があります。

「どちらかがとりわけ優れているということではない」と語るのは、コーニング ライフサイエンスの開発マネージャー、Hannah Gitschier氏です。「まず、ゴールは何かを考える必要があります。そして、研究室やクリーンルームのスペース上の制約、設備投資の予算、研究から治験、さらには量産規模へと至るまでの想定スケジュールも考慮しなければなりません」

どちらの培養法にも長所と短所があります。また、両方の長所だけを生かすことも可能です。早速、考慮しておきたいポイントを見ていきましょう。

接着細胞培養法の利点

フラスコやローラーボトルなどに代表される接着細胞培養容器は、使いやすいうえに、足場依存性の細胞タイプに対して、生物学的関連性の高い表面を確保できるという、際立ったメリットがあります。

Gitschier氏は次のように説明します。「生体組織由来細胞のほとんどは、成長・正常増殖を支える表面や細胞外基質が必要です。接着細胞培養プラットフォームは、量産に向けた細胞増殖の表面積増加に応じてスケールアップ可能な選択肢となるもので、表面には局所微小環境を模倣した特殊な化学特性やコーティングを選択できます」

接着プラットフォームの一部には、可視化のメリットもあります。バイオリアクターと異なり、フラスコや多層型容器底面は顕微鏡で簡単に観察できます。

「一部の細胞タイプでは、細胞の形態自体が細胞の健康状態だけでなく様々なことを示すため、可視化が極めて重要な条件になります。自発分化能を備える分化多能性幹細胞や分化万能性幹細胞の場合、可視化できることは問題を早期に発見するうえで非常に重要です」とGitschier氏は言います。

こうした利点があるため、足場依存性の細胞タイプを使う傾向があるさまざまなワクチン、細胞治療、遺伝子治療プログラムでは、当然のごとく接着培養容器が採用されています。また、接着培養は時間短縮の面でもメリットがあります。これは上市に向けてしのぎを削るスタートアップ企業にとって、重要なメリットです。

「製品化一番乗りをめざして熾烈な競走が繰り広げられている場合、時間は勝負を左右する要因の1つと言えます。規制当局から承認を受けた他の治療法の開発・製造に使用している接着培養系がすでにあり、その培養系で迅速にスケールアップする方法もわかっているのであれば、すでに手元で実績のあるプラットフォームを踏襲して治験・承認をめざす方が得策と言えます」とGitschier氏は説明します。

浮遊培養法の利点

浮遊培養法は、三角フラスコやスピナーフラスコなど小スケール用の容器から、大スケール用の攪拌槽型バイオリアクターまで多岐に渡ります。この培養法の価値は単純明快です。それは収量のスケールを変更できる点です。しかも大きく変更できます。

研究現場での操作効率を求めるメーカーにとって、この拡張性と制御こそ、浮遊培養プラットフォームを選ぶ魅力につながっています。

しかし、その代わりに事前の作業が多くなるマイナス面もあります。足場依存性の細胞タイプの場合、浮遊培養環境に適合させなければならないからです。これは手間も時間もかかります。

Gitschier氏は次のように指摘します。「足場依存性細胞は、適応段階で増殖減少や収量低下に見舞われやすくなります。浮遊培養に生じる剪断力・剪断応力(ずり応力)は、多くの細胞タイプに悪影響を及ぼしますが、とりわけ足場依存性の初代細胞や幹細胞に対する影響は顕著です」

また、浮遊培養法の場合、直接可視化の利点がありませんが、他の指標のほか、オンラインやインラインのプロセス制御対応の利点があり、進捗状況を把握できます。

「細胞増殖のモニタリング方法は、ほかにもpH酸性化や酸素・グルコース消費量などがあります」と話すのは、コーニング ライフサイエンスの事業開発マネージャーで、博士号とMBAを持つAngel Garcia Martin博士です。「いずれも培養増殖を間接的に測定できますが、顕微鏡で細胞を直接観察することはできません」とGarcia Martin博士は言います。

このような課題があるとはいえ、浮遊培養法はアプリケーションで求められる大量の細胞を作製できます。その典型例が、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)を使ったモノクローナル抗体の作製です。こうした培養細胞が浮遊培養環境で増殖できるように、研究者らが適合させたのです。今ではこの培養法が主な作製方法になっています。

しかし、すべてのプログラムにこのようなスケールが必要なわけではありません。希少疾患や小さな患者集団サイズを標的にした自家療法や遺伝子治療であれば、もっと小スケールでも十分に作製できます。

両培養法の長所を生かす

次世代技術を生かせば、接着細胞培養の場合には従来よりも小さく管理しやすい設置スペースで細胞培養表面積を増やし、浮遊細胞培養の場合には剪断応力を抑えるという、両培養法の利点を最大限に引き出すことができます。

まさにこの発想から生まれたのが、Corning HYPERStack®です。これは、Corning CellSTACK® 細胞培養容器と同じ設置スペースでありながら、ガス交換を維持しつつ、さらに多くの層を収容できます。マイクロキャリアを使えば、体積に対する表面積比をさらに高めてスケールを変更でき、攪拌槽型リアクターでpHやガスの制御も可能です。しかし、次のレベルをめざす場合、Corning Ascent® Fixed Bed Reactorシステムなど、固定層バイオリアクターや有望先端技術を使うことで、体積に対する表面積比を高めるとともに、細胞の固定化と剪断応力のリスク緩和が可能です。

Garcia Martin博士は次のように述べています。「最初は、フラスコや多層型容器をおすすめします。その後、成長段階に入って製造スケールを確立する必要が出てきたら、固定床バイオリアクターに移行するほうが、人件費やクリーンルームのスペースにかかるコストの面で大きなメリットがあります」

結局のところニーズ次第で培養法が決まる点は、Gitschier氏もGarcia Martin博士も見解が一致しています。

「リソース、スケール、可視化のニーズ、自動化要件、そして剪断応力をうまく処理できるか、それとも培養に悪影響を及ぼすかによって、技術ごとにメリットは明らかに違ってきます。したがって、どのようなプラットフォームでどのような実験を行い、どのような結果をめざすのかを明確にしなければなりません」とGitschier氏は言います。

ただし、その判断という重荷を1人で背負い込む必要はありません。機器の販売元や消耗品メーカーには、通常、フィールドアプリケーションの専門家が在籍しています。実験の最終ゴール達成に最適なソリューション選びに迷ったら、こうした専門家に相談すれば、アドバイスや支援が得られるはずです。 メーカーへの問い合わせをきっかけに、同様の研究室やアプリケーションで実際に成功しているソリューションを知ることができるのです。