3D細胞培養とオルガノイド:COVID-19との戦いに活用できそうなツール

汎用的な治療戦略からオーダーメード型の患者治療計画へと、薬物療法に変革をもたらすモデルとして有望視されている患者由来オルガノイド。その可能性についてコーネル大学医学部 准教授であるShuibing Chen博士に独占インタビューしました。Chen博士は、コーネル大学、Ben tenOever教授の研究室との共同研究体制の下、コーニングの技術支援も受け、最先端3D培養によるオルガノイド開発に取り組んでいます。その狙いは、COVID-19の疾患機序や糖尿病との関連性についての理解を深め、創薬の促進につなげることにあり、将来的には個別化医療をさらに前進させるゴールを掲げています。

糖尿病を巡る画期的発見

がん細胞や他の疾患の研究では、長年に渡って2D培養が使われてきましたが、単純化された増殖条件ゆえの限界が足かせとなっていました。今では、幹細胞を用いてオルガノイドと呼ばれる「ミニ臓器」が培養できるようになり、病理学の様相が変わりつつあります。Chen博士率いる研究チームはニューヨークの複数の研究室と共同で、この新しい技術を生かし、COVID-19やその糖尿病との関連について知見を見出そうと取り組んでいます。この共同研究で、驚くべき発見がありました。先ごろ、研究成果が有力サイエンス誌『Nature』に掲載され、多方面から注目を浴びています。

この研究では、ヒト幹細胞由来のさまざまな細胞タイプを用意し、これにCOVID-19感染させて、どの細胞や臓器がこのウイルスに最も影響を受けやすいかを調べました。 肺や大腸など一部の臓器は、以前から許容作用があるものと見られていました。膵臓は想定外でしたが、膵β細胞で特異的に作用が観察されました。Chen博士は、COVID-19患者の治療に当たっている内分泌科医らとの話から、COVID-19感染患者の血糖値のモニタリングとコントロールに苦労していることを知りましたが、その理由は謎でした。そのとき、Chen博士の脳裏に「もしかしたら説明がつくかもしれない」との思いがよぎりました。糖尿病とCOVID-19の間に何らかの関係が疑われていたからです。

Chen博士ら研究者にとっても、この内分泌科医らにとっても幸いなことに、元々、博士は糖尿病専門研究室で膵β細胞について研究していた経験があり、1型糖尿病に精通していたのです。糖尿病の進行に関わりのある2つの臓器、つまり膵臓と肝臓のどちらも、SARS-CoV-2に感染する可能性のあることがわかりました。また、内分泌細胞もCOVID-19再感染への感受性があることも認められました。この研究が行われる前までは、COVID-19患者の場合、同ウイルスが1型糖尿病発症の引き金になるのではないかとの仮説はありました。研究の結果、COVID-19が膵臓に対してそのような許容作用を持つとわかったことは、興味深い発見になり、仮説を支える新たな証拠になりました。こうした細胞がCOVID-19感染にどのような反応を示すのか詳しく調べるため、現在、フォローアップ研究が進められています。New England Journal of Medicine誌に発表された研究論文は、COVID-19患者が後に糖尿病を発症することが多いと指摘しています。また中国では、現時点で糖尿病患者の予後が最も不良で、COVID-19が新たな糖尿病発症の原因になりうることが報告されています。

3D革命

どのタイプの細胞が特定のウイルスに許容的になりうるかを予想する有望モデルとして浮上しているのが、幹細胞です。研究者も臨床医も知見が得られるうえ、リソースの限られたヒト組織バイオバンクやin vitro培養、動物モデルなどを上回る利点があります。「動物に学べる点は多いとはよく言われることですが、結局のところ、実験動物はヒトではありません。だからこそ私たちは種の違いを認識しているわけです。」 3D培養の大きな利点に、肺や心臓、大腸など複雑な臓器系でも研究できる点が挙げられます。現在、コーネル大学やBen tenOever研究室など他の研究室との共同研究では、多様な研究用にさまざまなオルガノイドを作製しており、Chen博士の言うように「2Dから3Dへの移行は時間の問題」という状況です。

「3D培養にはいろいろなメリットがありますが、頑健性などの課題も残っている」とChen博士は言います。2D培養では、バイアル間の違いは小さいものの、3D培養は、臓器系全体を捉えるため、もっと複雑になります。3D培養である以上、どうしても細胞の変異も多くなり、自然状態と同様に、コントロールは困難です。こうした課題について、Chen博士は次のように説明します。「2つのオルガノイドの区別という意味では、まるで2つの異なる世界を扱うようなものです」。オルガノイドは1つとして同じものが形成されることはないため、薬剤スクリーニングでの使用がためらわれる可能性もあります。しかしChen博士は、「めざす目標がはっきりしていれば、確かな結果を出せる」と言います。

3D培養であれば、ミニ臓器を使って薬剤スクリーニングが開始可能なため、バリデーションに迅速に到達できます。例えば、肺や大腸のオルガノイドを複数作製し、並行して実験を進めていけば、共通のヒット化合物を同定するのに役立ちます。逆に、Chen博士は、1つの細胞だけに阻害活性を示す化合物も発見しています。 COVID-19の薬剤有効性や臓器特異性については未解明のことが多いですが、Chen博士は自らの研究に最適なツールをすでに見つけ出しています。それはCorning® マトリゲル基底膜マトリックスなど、コーニングの3D培養材料です。「細胞外基質はいつもすべてコーニングから購入しています」とChen博士は言います。「コーニングの製品にはとても満足しています。コーニングは絶えず新製品の開発に取り組んでいます。生物学者が何を望んでいて、科学者が何を必要としているのか理解のあるメーカーです。これは素晴らしいことですね」とChen博士は付け加えます。

治療の限界を打ち破る

Chen博士は、COVID-19患者に直接の使用や転用が可能な薬剤の発見をめざしています。将来のゴールは、オルガノイド系の利点、そしてそれによって今まで以上に人間的、生物学的に疾患を説明できる良さを生かすことにあります。すでにオルガノイドモデルは、COVID-19のウイルスに対する複雑な臓器応答を模倣することで、この感染症の病態について理解を深める一助となっています。しかし、「誰が感染しやすいのか」「そしてその人が感染したら、どうすればウイルスをブロックできるのか」という最大の疑問がまだ残っています。

他の研究対象としては、サイトカインストームなど、COVID-19患者の免疫反応があります。こうした免疫反応は、膵β細胞など重要な細胞を死滅させて糖尿病合併症を引き起こすことで、ウイルス感染自体よりも大きな問題になる可能性があります。そこでChen博士は、ウイルス感染させたオルガノイドの研究に加え、オルガノイド培養での免疫細胞の研究を続け、in vitroで免疫応答を再現できるかどうか確認しようとしています。

Chen博士は、「この分野を進歩させるためには、関係者の協力が欠かせない」と考えています。さらにChen博士は次のように言います。「ヒト多能性幹細胞を基に、これまでにないオルガノイドを作製可能な独自の境地を切り開くことができ、大変うれしく思います。これを疾患モデルとして使い、薬剤スクリーニングに生かすことができます」。このプラットフォームを使用して新薬開発や個別治療計画づくりめざしているChen博士。インタビューの最後に「科学は1人旅ではない」との言葉を残してくれました。