AAV遺伝子治療プログラム向けトランスフェクションのベストプラクティス

ウイルスベクターのおかげで遺伝子治療のイノベーションが市場にますます近くなる中、多くの研究者はトランスフェクションプロセス、つまり修正遺伝子治療材料を細胞に導入するプロセスの最適化を目指しています。

単にトランスフェクションの方法にとどまらず、トランスフェクションの効率化や大量化も含めた最適化です。ある細胞株で機能する方法であっても、別の細胞株で機能するとは限りません。また、トランスフェクションのどのプロトコールも、治験用製造中のスケーラビリティやコストにさまざまな影響を及ぼす可能性があります。

このような理由もあって、アデノ随伴ウイルス(AAV)利用プログラム向けの最適なトランスフェクション方法を専門家に尋ねても、「条件次第」という回答になるのが普通です。コーニング ライフサイエンスのシニアバイオプロセスアプリケーションサイエンティストであるAnn Rossi Bilodeau氏のもとには、「浮遊培養か接着培養か」、「トランスフェクション試薬のお薦めはどれか」、「トランスフェクションプロセスにはどのくらいの時間をかけるべきか」など手法に関する問い合わせが研究者から頻繁に届いています。

「実はその答えは最終的な目標に大きく依存するところがあり、何が正しくて、何が間違っているとは単純には言えません。細胞株からプラットフォーム、施設、研究者に至るまで、多種多様な要因がトランスフェクションに影響を及ぼす可能性があり、こうした要因すべてを考慮したうえで、プロセスの最適化を図る必要があるのです。」とBilodeau氏は言います。

とはいえ、Bilodeau氏のほか、トランスフェクション試薬メーカーPolyplus-transfection 社の専門家も一様に語るように、一部のベストプラクティスは試してみる価値があります。

ウイルスベクター用のトランスフェクション手法

もちろん、トランスフェクションを巡る最大の疑問は、どのように進めるべきかという点です。AAVを利用した遺伝子治療の研究では、一般に化合物媒介トランスフェクションが多く使われます。エレクトロポレーション法(電気穿孔法)やマイクロインジェクション法など、複雑で高コストのプロセスに比べると、化学的なトランスフェクションは使い勝手が良く、費用対効果に優れたスケールアップのゴールドスタンダードと考えられています。

Polyplus-transfection社のサイエンティフィックサポートスペシャリスト、Cassie-Marie Peigné氏は、「AAV治療のほとんどは、HEK293細胞を使用します。化学試薬のトランスフェクションが容易にできるからです。」と説明します。「こうした試薬は、ウイルスベクター製造に特化して開発されたものであれば、再現性と頑健性の面でこれ以上ないほどに優れています。このため、物理的トランスフェクションのような高コストの手法を選ぶ理由がありません。」とPeigné氏は付け加えます。

プラットフォームとスケールの検討事項

プラットフォーム自体も、トランスフェクション試薬の選定を左右する可能性がありますが、必ずしも有効性に関して接着培養法と浮遊培養法のどちらが優れていると決まっているわけではありません。実際には、接着培養と浮遊培養のどちらのプラットフォームもトランスフェクションに適合しており、容器の選定は、細胞トランスフェクションよりも、むしろ細胞増殖と強い関わりがあります。

Polyplus-transfection社のサイエンティフィックコミュニケーションスペシャリスト、Alengo Nyamay'antu氏は次のように説明します。「その意味では、接着培養細胞に対しても、浮遊培養細胞に対しても、トランスフェクションの最適化に必要な時間は変わりません。要は、いかに最適化できるかにかかっているのです。」

どちらのプラットフォームを選べばいいのか定かでない場合、細胞培養方法を決定する際に、スケジュールとスケールに着目してはどうかとPeigné氏はアドバイスします。

「良好な力価を迅速に得る方法としては、接着培養プラットフォームの方が一般的です。これはGMT(基準微生物実験技術)施設で頻繁に使われてきたプロセスであり、十分に確立された手法です。」とPeigné氏は言います。

それでも、接着培養容器は、プロセスのスケールアップではなくスケールアウトに限られるため、必要な人員や生産の規模といった面で特有の課題に遭遇しやすいと言えます。しかし、Corning® CellSTACK®HYPERStack®、CellCube®などの製品であれば、特に閉鎖系として構築した場合、人員を抑えながら収率アップを図ることも可能です。一方、浮遊培養トランスフェクション試薬を入れた浮遊培養槽のほうが、大スケールへのスケールアップが容易ですが、細胞の生存率と品質を確保するためのプラットフォーム最適化には、かなりの時間を要します。

ただし、スケール変更には2つの方向があり、スケールダウンもスケールアップと同様に重要である点を忘れてはいけません。

「重要なのは、スケール変更が可能な容器やトランスフェクション試薬を使うことです。そうすれば、スケールアップにもスケールダウンにも比較的容易に対応できるからです。手戻りして最適化を図りたいときには、いったん小スケールでプロセスの問題点を解決してから、製造スケールに戻すことができます。多くの場合、単に生産を最大化するよりも、しっかりと特徴づけしたプロセスを整えることのほうが重要なのです。」とBilodeau氏は言います。

目的を見失わない

ウイルスベクター用のトランスフェクションとなると、二の足を踏むかもしれませんが、その必要はありません。意味のある結果に効率的にたどり着くためには、何をもって成功とするのか、何ができなければ失敗なのかを明確にしておく必要があります。例えば、Peigné氏はよく目にするミスについて、次のように説明します。

「トランスフェクション効率は、ウイルス力価と完全連動していると思われがちですが、実はそんなことはありません。そのような考えで最適化に取り組むと、結局、ウイルス力価が最終ゴールであるかのように、そこばかりに目がいってしまいます。」

研究者は自分だけで悩みを抱え込まずに、気軽に支援を仰ぐ姿勢も大切です。Polyplus-transfection社やコーニング ライフサイエンスなどのメーカーは、各研究現場に固有の目的に応じて適切な製品を選定できるよう、支援体制を整えています。

最後にPeigné氏は次のように締めくくっています。「新しいプロセスに着手する場合、プラットフォーム、培地、試薬、その他の要素に関して、最適な組み合わせになっているかどうか、メーカーに問い合わせてみることをお勧めします。実験が適切な指針に沿っているかどうか事前に確認もできます。どこに着目すべきかがわかっていれば、時間の大幅な節約につながります。」