セルベースアッセイの一般的な培養に取って代わるスフェロイドやオルガノイド

コーニング ライフサイエンスでは、3D細胞培養の方がin vivo環境を的確に捉え、創薬スクリーニングの改善につながると考えています。

3D細胞培養であれば、主に生物学的関連性が高まるために、2次元(2D)培養の短所の多くを克服できます。3D培養の場合、細胞はいわば“目”と“感触”で隣接細胞の存在を把握し、メッセージ代わりの化学物質を送り合って相互作用しながら、一般的な培養容器の物理的・機構的な制約を受ける細胞よりもはるかに忠実に生理学的イベントを再現します。

どの最先端技術にも見られることですが、3D細胞培養も様々な分野で発展を遂げてきました。中でも有名なのが3D浮遊培養で、具体的にはスフェロイドやオルガノイドとして知られています。3D培養の人気が高まる中、「スフェロイド」と「オルガノイド」という用語が区別なく使われていますが、両培養タイプには大きな違いがあります。

決定的な違いとは

スフェロイドもオルガノイドも、一般的には液滴やマイクロウェルの内部に浮遊状態で複数の細胞を含みます。スフェロイドは、例えば臓器由来や生検による患部組織由来あるいは腫瘍由来のさまざまな組織から採取・培養した幅広い種類の細胞の単純な集合体(細胞塊)です。スフェロイドには、対象組織の代表的な細胞タイプが含まれ、通常、特異的細胞の選択や精選はありません。サンプルに含まれる細胞タイプが1つだけの場合もあれば、複数の場合もあります。スフェロイドは、形成に物理的なスキャフォールド(足場)が不要なため、実験しやすいことで知られます。もちろん、短所もあります。スフェロイドは、自己組織化せず、極性構造も持たない単純なモデルであり、もっと複雑なin vivo環境を常に代表するわけではありません。

一方、オルガノイドは、その名が示すように、皮膚や胃、肝臓、膀胱など本来の組織を模倣するようにデザインされた、臓器特異的細胞の複雑な集合体です。さまざまな数やタイプの成熟細胞を含む組織サンプルで形成されるスフェロイドとは異なり、オルガノイドは、脳や肝臓など、さまざまな器官から採取された組織特異的な幹細胞あるいは前駆細胞から作製されます。また、オルガノイドは、iPS細胞から作製することも可能です。適切な細胞外基質(ECM)を用意し、生化学的刺激(最終的な標的細胞や対象組織に特異的な刺激)を与えると、こうした前駆細胞は、増殖、分化の末に自己集合して微小培養物となり、本来の組織で特に重要な 特徴を再現します。

コラーゲンCorning® マトリゲル基底膜マトリックスは、実験室でよくみられるスキャフォールド(足場)材料です。マトリゲルは、EHS(Engelbreth-Holm-Swarm)マウス肉腫細胞由来のゼラチン状タンパク質混合物で、腫瘍の微小環境にも存在する複数のタンパク質のほか、炭水化物、増殖因子を含んでいます。1万件以上の論文引用1 があるマトリゲルは、オルガノイド形成に最も利用されている細胞外基質です。この基質は広く知られているため、マトリゲルという商標名がほぼ一般名詞のように扱われています(「クリネックス」が米国でティッシュペーパーを意味する普通名詞として普及しているのと同じです)。

検索エンジンで「市販されているオルガノイド」を検索してみれば、そのような使用例が大量に見つかるはずです。すでに確立しているプロトコールで簡単に利用できるものは、ほかにもたくさんあり、肝臓、心臓、膵臓、脳、消化管、腎臓、さらに最近では肺も含め、多様なオルガノイドモデルの作製法が出回っています。肺やヒト気道のオルガノイドは、感染性のヒト呼吸器疾患の研究に適しています。

スフェロイドのアプリケーション

スフェロイドはオルガノイドのように複雑に設計されているわけではないものの、その3D構造ゆえ、従来の2D細胞培養モデルに比べ、特に薬剤スクリーニングで圧倒的な優位性が得られます。興味深いことに、元々、スフェロイドは、ヒト腫瘍に対する放射線療法の効果を調べるために1970年代に開発されました。あたかも現在の用途を予言していたかのようです。

腫瘍由来スフェロイドは、特異的腫瘍細胞タイプ(いずれも異常が認められるもの)と、腫瘍治療を困難にしている物理的・機構的環境の両方を再現します。いずれの条件も、2Dのプレート上でのがん細胞のアッセイでは満たすことができません。特にスフェロイドの場合、薬物療法に対するがんの反応の主要因子となる腫瘍微小環境を、直接研究できる利点があります。

研究現場では、キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)による細胞毒性効果の研究に腫瘍スフェロイドが使われています。その代表的なものとしてDiscoverXが開発したKILR® Cytotoxicity(細胞毒性)アッセイがあります。KILRで形質導入された腫瘍スフェロイドでCAR-T細胞を増殖すると、形成、培養、アッセイまですべて同じスフェロイドマイクロプレートで完結できます。このようにさまざまなリードアウトが取得できるハイスループット3Dアッセイという考え方は、3D細胞培養の議論でたびたび話題に上ります。

オルガノイドのアプリケーション

すでに述べたように、オルガノイドは、スフェロイドよりも忠実にin vivo環境を再現しますが、オルガノイドの作製には複雑なプロセスが必要になり、しかもオルガノイドの維持はさらに難易度が上がります。アカデミアでは、基礎生物学2、臓器発生、組織形態形成の研究にオルガノイドが使用されています。オルガノイドは、基礎から応用へと用途が広がる中で疾患モデルとしても利用され、正常組織と患部組織の直接比較が可能になっています。オルガノイドは、毒素、薬剤、環境ストレスに対する反応について、さまざまな細胞ごとの違いを評価する実験のプラットフォームになります。遠い将来、オルガノイドか同様に作製されたin vitro組織が、機能不全の腎臓や肝臓の代替となる日が来るかもしれません。

現行のオルガノイド手法は、University Medical Center UtrechtとUtrecht Universityの分子遺伝学教授であるHans Clevers博士による先駆的研究なしにはありえませんでした。2009年、Clevers博士は、ヒト成体幹細胞由来上皮オルガノイドの培養・増殖手法を提示しました。Clevers博士の指導の下、オランダに本拠を置く企業、Hubrecht Organoid Technologyが大腸がん、乳がん、肺がん、肝臓がん、卵巣がん、膀胱がん、膵臓がんや他の疾患のオルガノイドモデルを作製・検証しています。Clevers博士の発見により、遺伝的に安定した形態で成人幹細胞由来オルガノイドの増殖が可能になりました。最も重要なのは、がん細胞特有の遺伝子異常なしに、しかも遺伝子改変の必要もなく、腫瘍細胞のようにオルガノイドを無限に増殖できるようになった点です。

終わりに

2D細胞培養は、生体組織固有の構造や機能、次元性、細胞多様性、細胞間相互作用に欠け、特に高次生物学研究の際にこの欠如が問題になります。

創薬失敗やその原因、製薬会社にのしかかる重い財務負担については、これまでたびたび話題に上っています。こうした失敗の多くは、2D細胞培養中心のアッセイに依存した前臨床戦略に起因しています。結局のところ、このような2D環境で、培養ディッシュではなく人体での安全性と有効性を予測することになるからです。さらに、専門家の間では、2D細胞培養の限界が創薬失敗の要因と見ています3

3D培養は、単純な2D環境での細胞播種とは異なり、的確な結果を引き出すには、はるかにきめ細かな配慮と多くのリソースを必要とします。薬剤スクリーニングプログラムにスフェロイドやオルガノイドを採用する場合、セルベースアッセイについて従来とは異なる考え方も必要になります。その代わりに、3D細胞培養は、in vivo状況をもっと正確に模倣できるin vitroアッセイの可能性をもたらします。