ハーバード大学研究者が「薬剤耐性」というがん研究の難題に挑む

前立腺がん研究から得られた知見とは何か、そして深刻化する化学療法耐性の問題を克服して患者の予後を改善できる希望はあるのか――。Fang Xie博士に聞きました。

今回の独占インタビューでは、ハーバード大学医学大学院付属ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターのリサーチフェロー、Fang Xie博士をお招きし、前立腺がん治療法、とりわけ化学療法の研究について詳しくうかがいました。前立腺がんは、米国ではがん関連死の原因の第2位とされており、治療にはタキサン系化学療法が多用されます。Xie博士率いる研究チームは、タキサン耐性について研究しており、標的に対する薬剤の結合度合い(薬剤標的結合)の向上がこの耐性を克服し、最終的に救命に役立つ可能性を探っています。また、Xie博士は、このゴールを達成するうえで、オルガノイド、3D細胞培養、Corning® マトリゲル基底膜マトリックス3Dプレートが有効である点も明らかにしています。

耐性の問題

前立腺がんには、さまざまな治療法があり、患者ごとの状況に応じて処置が選択されます。「一般に、前立腺がんの治療は、大きく内分泌療法と化学療法の2つに分けられます。」とXie博士は述べています。「ほとんどの場合、まず内分泌療法で治療を開始しますが、この段階で薬剤耐性が出現することも少なくありません。次のステップになると、往々にして最後のステップでもあるのですが、化学療法が開始されます。通常、タキサン系療法が用いられます。」とXie博士は説明します。

タキサン系化学療法は、内分泌療法を行っているにもかかわらず広がり続ける転移性前立腺がんの治療に使われます。「タキサン系化学療法には、ドセタキセル、パクリタキセル、カバジタキセルがあるのですが、その多くが有効だとしても、がん細胞が必然的にタキサンに耐性を持つようになり、がんの存続・再発を引き起こします。」とXie博士は指摘します。

タキサンは、微小管のサブユニットであるβチューブリンを特異的に標的とする化学療法剤です。微小管は、細胞骨格の一部をなし、多くの重要な細胞内プロセスで機能します。Xie博士は、「タキサンが体内で機能すると、薬剤が前立腺がん細胞のβチューブリンに結合し、やがては細胞有糸分裂停止やアポトーシスに至ります。」と説明します。「驚いたことに、患者の腫瘍生検の結果、タキサン耐性を持った患者ではタキサンとチューブリンの結合が効果的に機能していないことが認められたのです。また、タキサン耐性を持つ患者由来腫瘍異種移植片マウスモデルでも、同様の現象が観察されました。このタキサンとチューブリンの結合は微小管束で測定されるため、顕微鏡下で視覚的に同定できました。」とXie博士は付け加えます。

Xie博士は、耐性がある場合、微小管束の発生がはっきりしなかったり、まったく認められなかったりするために、微小管構造がまったく無傷のままとなったことから、がん細胞がタキサン耐性化に至ったと指摘します。「タキサン耐性は薬剤標的結合によって媒介される可能性があります。コーネル大学との共同研究では微小管束を使ってこの薬剤標的結合を明らかにしました。」とXie博士は説明しています。

課題に挑む

耐性の獲得によってタキサンの治療効果が限定的になります。この耐性獲得に関しては数々の理論がありますが、現象は依然として私たちの理解を超えたものとなっています。これまでにあるデータは、ほとんどが従来の2D培養の細胞株に関わるもので、Xie博士らの研究チームではこの問題についても取り組んでいます。「2Dモデルの大多数は実臨床における患者予後との相関が見られません。それは、2Dモデルがin vivoの状況を効果的に模倣していないからです。」とXie博士は言います。タキサン耐性化の機序を解明したいという熱い想いに駆られたXie博士は、オルガノイドの研究に着手します。ここに同研究チームが得意とする3D細胞培養を組み合わせたのです。「3D細胞培養はin vivo環境を模倣でき、実験室で容易に操作することができます。しかも、細胞の生理学的特徴も確実に維持されます。」と語るXie博士は、2D培養の細胞と3D培養の細胞がタキサン治療に異なる反応を示すことも突き止めました。「2D培養の細胞をタキサンで処理すると、細胞が薬剤に感受性を示し、有糸分裂がほとんど停止してアポトーシスに至ることがわかりました。しかし、3D細胞培養の場合、細胞増殖は著しく緩慢になり、タキサン耐性が高まりました。これは、オルガノイド内の細胞が細胞周期の中で間期のような緩慢な期間に入ることを意味し、その結果、タキサンは、2D環境で見られたように有糸分裂停止を誘発できず、効率的にがん細胞を死滅させることはできませんでした。これは、in vivoで見られる状況に似ています。」とXie博士は説明します。

3Dモデルに希望の光

Xie博士ら研究チームは、多くの腫瘍はゆっくりと増殖することから、3Dモデルとオルガノイドでがん患者の実際の状況を模倣し、薬剤スクリーニングが実施可能になるため、採用に最適な手法であると判断しました。とはいえ、どの研究でも見られるように、克服すべき課題が残っています。「特に患者生検サンプルからのオルガノイド樹立をめざすと、オルガノイドは非常に扱いにくいことがあるのです。そこで、マウスを用いた患者由来異種移植片から前立腺がんオルガノイドを形成する方針を検討しました。その際、患者から腫瘍生検サンプルを採取し、マウスモデルに移植する方法を採用しました。マウスで患者の腫瘍が発生したら採取して、遊離腫瘍細胞(ITC)でオルガノイドを培養しました。現在のゴールは、このようにして作製したオルガノイドを安定化させて、継代できるようにすることです。」とXie博士は言います。

Xie博士による研究の鍵を握るのが、コーニング ライフサイエンスマトリゲル基底膜マトリックス3Dプレートです。「Corning マトリゲル基底膜マトリックス3Dプレートと別の2つのゲルを比較してみました。マトリゲル基底膜マトリックスはin vivo環境を模倣するため、私たちの研究には理想的で、他のゲルに比べてはるかに効果的に機能します。それは、マトリゲル基底膜マトリックスが増殖因子など他の成分と共存していたからです。」とXie博士は言います。この結果、同研究室では、マトリゲル基底膜マトリックスが定番となっています。「マトリゲル基底膜マトリックスの素晴らしいところは、高濃度タンパク質のマトリゲルから、増殖因子を減らしたマトリゲルまで、多彩なオプションが揃っている点です。異種移植腫瘍をマウスに移植する際には高濃度タンパク質のゲル、オルガノイド培養には増殖因子を減らしたゲルを使いました。」とXie博士は話します。

今後の展望

今後を見据え、Xie博士は、in vivoのタキサン耐性を引き起こす詳しい機序を解明するには、さらに研究を深めていくことが大切だと力説します。この課題に取り組むため、Xie博士らのチームは、引き続きオルガノイドモデルを使って、タキサン系のFDA承認薬のハイスループットスクリーニングを実現し、薬剤標的結合とタキサンの有効性の強化につながるコンビナトリアル治療の可能性を探っています。分子メカニズムに焦点を当てて研究を深める必要があるとXie博士が指摘するように、この研究は、多くの人々の命を救う可能性を秘めています。