ライフサイエンス界の常識を打ち破る革新的技術:個別化医療

以下の記事は、2020年12月9日にPharma's Almanacに掲載されたものを翻訳したものです。

個別化医療は、さまざまな適応症で患者に極めて大きなプラスの効果をもたらす可能性があります。しかし、こうした新規治療法の探索・開発・製造・投与を巡っては、数々の課題が未解決のまま残されています。コーニング ライフサイエンスでは、オルガノイド形成用に最適化された多くの製品や、ワークフローを簡素化する独創的なツール・技術(細胞分離・細胞工学など)を通じ、プレシジョンメディシン(精密医療)の開発・実用化の推進に力を注いでいます。

個別化医療への大きなターニングポイント

ヒト生物学と疾患挙動に対する理解が深まり、常に進化するツールの利用で私たちの知識が拡大を続けるようになった結果、個別化医療への道のりが大きな転換点を迎えています。先進のイメージング技術でin vivoex vivoin vitroのデータを収集したうえで、AIなどのコンピュータを駆使したツールを使い、これまで不可能だったパターンやつながりを発見できるようになり、かつては考えられなかったほどヒトの生理的プロセスの可視化・解析が可能になりました。

さらに、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)ゲノム編集ツールボックスの拡張やmRNAといった新たなアプローチなど、技術の進歩を背景に、遺伝子情報も操作できるようになりました。組織工学を駆使し、複雑なヒトの解剖学的構造を培養ディッシュやチップの上で模倣する、新たなモデルが従来の創薬モデルを打ち壊そうとしています。特に、キメラ抗原受容体(CAR)――患者のT細胞を遺伝子操作し、がん細胞を標的とする抗原受容体を発現するように改変――と、オルガノイド技術(幹細胞から自己組織化能を利用し、3次元的に組織培養してミニ臓器を形成する技術)は、今後も細胞・遺伝子治療や再生医療の分野に破壊的イノベーションをもたらし続け、初期の血液がんでの成功を足がかりに、固形腫瘍その他へと広がりを見せるでしょう。

全体的には、こうした技術はこれからも個別化医療の発展を促進し、やがては各技術が連携しながら、患者ごとに最適な治療を最適なタイミングで提供できるようになります。しかし、克服すべき課題の1つとして、こういった新型ソリューションが高コストになる点が挙げられます。ひとたび有効性がはっきりと確認されれば、次は効率化と入手性を高める段階へと重点が移ります。さらに、こうした技術に幅広い有用性があることが立証されれば、患者にとっても、コストとスケジュールの面でも、将来の臨床試験のリスク抑制に役立つ基盤となります。

オルガノイドと精密医療

オルガノイドは、創薬と精密医療の両面で大きな可能性があります。上手に活用すれば、個々の患者に適切な治療が行えるようになり、新規治療法に伴うコストとリスクを低減できます。オルガノイドは、腫瘍微小環境の研究に貴重なモデル系となるため、がんの生態に関する発見を加速し、可能性のある新規治療薬の迅速なスクリーニングが可能になります。

オルガノイドは、一般に未分化上皮細胞である組織特異的幹細胞を使って作製されます。また、患者の細胞から作製したオルガノイドを使い、患者のがん細胞内の遺伝子変異を調べることも可能です。特に興味深いのは、完全に形質転換していないがために従来は研究者が入手できなかった前がん性細胞を培養できる点です。

例えば、生検で患者から採取された細胞を半流動性マトリックスと混ぜ、増殖因子を含む培地で培養すると、培養ディッシュ上で腫瘍オルガノイドを作製できます。そのようにして作製されるオルガノイドは、患者にどの投薬が肯定的な反応を示すのか調べることなく、薬剤スクリーニングを実施できます。また、このタイプのオルガノイドをマウス(異種移植片)に移植して、さまざまな治療薬を投与してみることも可能です。

オルガノイドは、現時点で実用的ソリューションが存在しない場合の潜在的治療法を評価する手段になることもあります。例えば眼科の治療法の評価において、現時点で合理的なレベルの複雑さを実現できているヒトモデルは、死後ヒト網膜外植片しかありません。小動物モデルで得られる結果は、ヒト網膜系を十分に再現していないため、ヒトに当てはめることができないことも多々あります。したがって、オルガノイドは眼疾患の創薬開発のパラダイムを大きく変える可能性を秘めています。

COVID-19感染治療薬の開発に向けた取り組みの一環として、オルガノイドは、肺、肝臓、腎臓など体内のさまざまな器官に影響を及ぼす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の機構的経路の決定にも使われています。

基礎レベルを超えて展開するために

オルガノイド技術が絶えず進化を続けている一方、課題も残っています。特に、酸素と栄養素の供給、代謝廃棄物の除去、タイプの異なる細胞間の情報伝達の促進を実現するうえで、血管新生化で血管構造を持たせた多系列オルガノイドの創出は大きな課題です。オルガノイドが成熟して、完全な機能を持つ組織の構成要素となるためには、こうした機能が不可欠です。この限界を克服し、診療へのオルガノイド導入を可能にするためには、さらなる技術進歩が必要です。3D組織のさまざまな作製技術など、最近、進化を遂げているマイクロ流体技術には、このゴールを達成する可能性があります。

また、新薬開発や個別化医療でのオルガノイド利用を促進し、必要な治験数をできるだけ減らすには、オルガノイドのスケールアップの面でのさらなる進展が求められます。オルガノイドで対象組織を正確に再現できるのかどうかを判断するための的確なバリデーションも常に行っていかなければなりません。さらに、純度が極めて重要になるため、組織由来のオルガノイドから汚染物質や望まれない細胞タイプを確実に除去する手法も必要です。

心臓や肝臓、腎臓などの臓器を再現するオルガノイドは開発されていますが、研究者は、もっと機能性を高めた新しいモデルに発展させようと取り組んでいます。その好例が、気液界面を再現する肺オルガノイドで、基礎研究と薬理試験の両面で有益と見られています。

オルガノイドから人工組織まで

オルガノイド領域の次なるゴールは、機能をさらに複雑化させた人工組織の作製です。最近の細胞培養技術の発展を背景に、疾患モデルや再生医療のための生理学的なセルベースアッセイの向上に新たな可能性が開かれました。例えば、作製技術や3Dプリンティング技術と細胞生物学を組み合わせることにより、3Dプリンティングでin vivo条件をさらに正確に模倣したオルガノイドが作製できるようになります。

しかし、人工組織に血管系を持たせ、さまざまな細胞タイプ(神経細胞・繊維、心筋細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞など)の適切な構成、さまざまな神経支配(交感神経、副交感神経、感覚、腸管の表現型)の適切な比率を実現することは依然として大きな課題となっています。

したがって、培養器官を作製するためには、発生生物学、幹細胞生物学、生体材料、3Dバイオファブリケーション、再生医療など、さまざまな機能領域間の幅広い共同研究が必要になります。

オルガノイドや臓器チップシステムに関しては、ある程度の進展が見られます。例えば、肝臓、心臓、肺のオルガノイドをバイオプリンティングして、多臓器チッププラットフォームを開発し、臓器間の相互作用や、薬剤・毒物に対する臓器個別の反応や全体としての反応を調べることができます1

移植のためのバイオファブリケーション

移植用に提供される臓器が大幅に不足している状況を考えると、多くのオルガノイド開発者の究極のゴールとは、ヒトへの移植に適した完全な臓器のバイオファブリケーションと言えます。ここでも、血管新生が大きなハードルです。

血管新生に必要なのは、内皮細胞だけではありません。周皮細胞や平滑筋細胞、免疫細胞など他の細胞タイプも、構造面、機能面からのサポートのほか、シグナル伝達の誘導を担います。もっと包括的なin vitroモデルを構築するためには、こうした複数のタイプの細胞の組み入れを可能にする技術の開発が必要になります。

オルガノイドは、貴重なモデル系として腫瘍微小環境の研究にも利用できるため、がんの生態に関する発見を加速し、可能性のある新規治療薬の迅速なスクリーニングが可能になります。

まずオルガノイドモデル系には血管新生化が欠如していますが、オルガノイド開発者にとってこの問題を克服する助けになるのが、3D微細加工技術です。実際、臓器チップや3Dプリンティング技術など、バイオエンジニアリングの多彩な手法により、生理学的環境を模倣するオルガノイドの3D微小環境を樹立できます。さらに、微小血管パターン形成やマイクロ流体技術を使えば、適切な位置に適切な細胞を取り込めるようになります。また、ヒト幹細胞は、増殖して複数の細胞タイプに分化する高い効力・能力を備え、臓器創製に適しています。

これまでにいくつかのオルガノイドが動物モデルに移植され、その挙動について研究されています。ある研究では、ヒト脳オルガノイドを成体マウス脳に正しく移植する手法が開発されました2。このオルガノイド移植細胞では連続的に分化・成熟することが観察され、やがて機能的神経回路網が宿主神経回路とシナプスで相互接続され、移植から数日以内に宿主の血管系の広範な浸潤が見られました。

別の例では、マウス片側尿管閉塞(UUO)モデルに移植された腎臓オルガノイドで血管新生化が観察され、UUOと移植から少なくとも2週間、移植片で生き延びることがわかりました3。また、オルガノイドは、肝疾患治療法の探索にも使われています。肝細胞治療に向けて、肝臓のスフェロイドやオルガノイドを移植可能なユニットとして使用したバイオエンジニアリングは、肝臓の再生や治療をさらに改善する適切な代替策になる可能性があります。

オルガノイド領域の発展を支援

コーニング ライフサイエンスは、オルガノイド領域を拡大し、その可能性を最大限に引き出す一助となります。私たちのゴールは、オルガノイド応用に取り組む研究者向けに優れたツールやリソースを提供するとともに、研究現場のニーズに耳を傾け、付加価値のある製品づくりに生かして、オルガノイドモデル研究を促進することにあります。

3Dモデルを作製する際に重要な構成要素となるのが、細胞外基質(ECM)で、生化学的特性を備えた構造支持体として、オルガノイド構造での細胞遊走、細胞挙動、極性化のシグナル伝達の媒介に役立ちます。

コーニングでは、オルガノイド研究や疾患モデル構築に用いられるECMのゴールドスタンダードとして定評のあるマトリゲル基底膜マトリックスを提供しています。最近では、新たにオルガノイド培養用のマトリゲル基底膜マトリックスを発売しました。この組成は、正常細胞と疾患細胞の両方に由来するオルガノイドの増殖・分化を支えるように最適化されています。マトリゲル基底膜マトリックス オルガノイド形成用は、オルガノイドのワークフローを的確にサポートするため、ロットごとにマトリックス硬度(弾性率)を測定しています。各ロットは、一般にオルガノイド培養に用いられる安定した「3Dドーム」構造を形成することも事前に確認されています。その結果、オルガノイド研究に不可欠な再現性と一貫性が確保され、時間のかかるスクリーニングの必要性がなくなります。

また、コーニングは、オルガノイドでの薬剤スクリーニングにすぐに使える選択肢を提供するハイスループットプレートフォーマットを発売し、3Dモデルでのスクリーニングのスループットを向上させています。Corningマトリゲル基底膜マトリックス3Dプレートには、96ウェルタイプと384ウェルタイプがあり、いずれもマトリゲル基底膜マトリックスが分注されており、創薬研究に必要な再現性と一貫性が確保されているため、時間の節約につながります。コーニングの研究者がそれらの製品を使用してオルガノイド開発向けに作成した多彩なアプリケーションノートを活用すると、研究にさらに弾みがつきます。

また、コーニングでは、さまざまな細胞タイプを基にした3D培養を可能にするスフェロイドマイクロプレートなど、この市場ならではのオルガノイド培養環境に最適化された培地、増殖因子、プラスチックウェアも取り扱っています。コーニングは、Hans Clevers教授の研究内容や幹細胞由来のヒトの「ミニ臓器」(「HUBオルガノイド」)作製法を展開する先駆的研究機関であるHubrecht Organoid Technology(HUB)との共同研究を通じ、Corning マトリゲル基底膜マトリックスやコーニングのプラスチックウェアを使った多様なオルガノイドの培養を支援するアプリケーションを実証しています。

他の個別化医療のワークフローを改善

コーニング ライフサイエンスが関心を持っているのは、精密医療向けのオルガノイドの開発・応用の促進だけではありません。細胞・遺伝子治療や免疫療法も大きな注目領域として挙げられます。免疫療法とは、患者の免疫系の活性化や抑制によって機能する治療法を指します。この領域には、インターロイキン、サイトカイン(インターフェロンなど)、免疫調節薬(IMiDs)といった従来の免疫調節療法がありますが、がんの免疫療法(がん免疫学)ではCAR-T療法に重点が置かれています。この治療様式では、T細胞は患者から採取(自家由来)するか健常ドナーから採取(同種他家由来)し、遺伝子改変で腫瘍表面抗体を標的とする特定のCARを発現させます。このCAR-T細胞が腫瘍の抗原に遭遇すると、活性化して増殖し、細胞傷害性を発揮して腫瘍細胞の破壊をもたらします。NovartisのKymriah(キムリア)とKite PharmaのYescarta(イエスカルタ)がFDAの承認を受けて以来、血液がんや固形腫瘍のCAR-T療法を探索する治験が爆発的に増加しています。しかし、長期効果を巡る安全性、とりわけサイトカイン放出症候群や神経毒性に関する懸念は残ります。CARデザインは、すでに多くの世代を重ね、共刺激ドメイン、サイトカイン・合成制御機構を付加して有効性を高めています。有効性向上のデータは得られるものの、製造自体やサプライチェーン基盤が複雑であること、物流面の制約が厳しく煩雑な手続きが必要な商用化モデルになること、高コストとそれに伴う保険償還の問題など、こうした治療法の製造に当たってさまざまな課題が残っています。

私たちのゴールは、オルガノイド応用に取り組む研究者向けに優れたツールやリソースを提供するとともに、研究現場のニーズに耳を傾け、付加価値のある製品づくりに生かしてオルガノイドモデル研究を促進することにあります。

患者への大規模な使用を前提とした、質の高い臨床グレードの細胞療法の開発・製造にまだ課題が残っていることは、私たちも理解しています。画期的な治療法をできるだけ早く患者に届けるためには、研究者とメーカーが時間のかかる手作業のプロセスを改善する必要があります。

コーニングでは、血液サンプルの採取から血液成分の分離、ウイルスベクターの製造、細胞工学、細胞増殖、細胞製剤まで、細胞療法のワークフロー促進で数々の役割を担っています。

先ごろコーニングは、細胞加工に必要な手順の多くを合理化・自動化する細胞分離プラットフォーム「X-SERIES」 をアメリカで上市しました。このプラットフォームは、柔軟なマルチシステム方式を採用し、単核細胞の精製、細胞分画による混入物の洗浄、特異的細胞集団の選択、細胞懸濁液の濃縮の際に、合理的なソリューションとして性能向上を実現します。いずれも、私たちの人生を一変させるような細胞治療法の開発において重要な手順となります。

コーニングは、こうした取り組みを可能にするだけでなく、患者集団としても個人としても患者の腫瘍に非常に類似しているオルガノイドモデルの形成で研究者を支援しています。このようなオルガノイドモデルは、有効性が高くリスクを抑えた治療法の開発に役立ちます。

免疫療法や細胞・遺伝子治療はまだ揺籃期とはいえ、急成長を遂げており、固形腫瘍に対する効果的治療法が開発される可能性が高まっています。こうした人生を一変させるような治療法の開発を促進し、すべての患者が手ごろな費用負担で享受できる治療法を作り上げていくことは、大変光栄な取り組みであると同時に大きな責任を伴うものでもあります。

私たちは、この責任を真剣に受け止め、さらなる技術進歩を可能にする新ツールの開発・共同研究に取り組み、研究者による個別化医療の発展に向けて、ワークフローを簡素化・最適化するソリューションの開発に力を注いでいます。

参考文献

  1. Skardal, Alexander, et al. “Multi-tissue interactions in an integrated three-tissue organ-on-a-chip platform” Sci. Rep. 7:8837 (2017).
  2. Mansour, Abed, et al. “An in vivo model of functional and vascularized human brain organoids” Nat Biotechnol. 36:432–441 (2018).
  3. Nam, Sun Ah, et al. “Graft immaturity and safety concerns in transplanted human kidney organoids.” Experimental & Molecular Medicine. 51:145 (2019).