ウイルスベクターを使った研究ワークフロー最適化の新たなトレンド

改変したウイルスを“運び屋”として利用し、遺伝子材料や細胞材料を送達するウイルスベクターは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となるウイルス、SARS-CoV-2のワクチン開発で最も利用されているツールに挙げられます。

しかしCOVID-19によってウイルスベクターの研究が注目されるようになったわけではありません。新型コロナウイルスのパンデミックが発生するはるか前から、治療研究にウイルスベクターを利用する研究者は増えていました。それは遺伝子治療や細胞治療での利用に将来性があるからです。そして今、そのアプリケーションがコロナウイルスワクチンの開発へと変わりつつあります。

将来有望とはいえ、ウイルスベクターのワークフローには、スケールとプロセスの面で避けては通れない課題があります。幸い、技術は急速に進歩を遂げており、ウイルスベクターのバイオプロセスを簡素化する新たなソリューションが続々と登場しています。

ウイルスベクター製造ワークフロー

通常、ウイルスベクター製造は、6つの工程で構成されます。

  1. 産生細胞の作製
  2. 細胞増殖
  3. ウイルス増殖
  4. ウイルス回収
  5. 精製
  6. 無菌充填・仕上げ

細胞培養技術の選定

ワークフローのステップごとに最適な技術プラットフォームは、産生するウイルスベクターやバイオプロダクションに必要なスケールによって異なります。細胞増殖では、接着培養と浮遊培養のどちらの方式を選ぶかという問題にぶつかります。これは必ずしも単純明快に決められるものではありません。

「現在、ウイルスベクター製造法として、接着細胞培養と浮遊細胞培養のどちらが優れているかで、研究現場では大きな論争が繰り広げられています」コーニング  ライフサイエンスのフィールドアプリケーションサイエンティスト、Austin Mogen博士はこう話します。「接着培養は確立した手法として長年の実績がありますが、浮遊培養もさまざまな理由から人気が高まっています。最終的に、プロセス開発にかかる期間やスケール、コスト、新技術の開発など、多くの条件によって培養方法が決まります」

接着細胞培養の処理が昔ながらの手作業であることを考えると、接着培養容器を使って大規模に培養することは、困難を極める可能性があります。しかし、通常、浮遊培養よりもウイルス力価が高くなることもあり、ウイルスベクター製造に用いられる多くの細胞株に最適化された選択肢とも考えられます。一方、浮遊培養は、バイオリアクター導入など、スケーラビリティとプロセス制御というメリットがあります。

閉鎖系接着細胞培養の進歩

両方式の長所を生かすのであれば、閉鎖系としたうえで、ワークフローに自動化ソリューションを組み込む手があります。そうすれば、スケーラビリティの問題が解消される一方、変異性を制限し、開放系細胞培養の操作に伴うコンタミネーションのリスクを軽減できます。

「一般に、必要とされる量のウイルスベクターを製造するには、容器1つでは足りません。多くの研究現場で、マニフォールドで複数の容器を接続するコーニングの閉鎖系ソリューションが採用されているのもこのためです。こうしたソリューションであれば、処理時間が短縮できるだけでなく、無菌性破綻のリスクを大幅に高めることなく、大量のウイルスベクターを産生できるようになります」とMogen博士は言います。

高密度細胞増殖のためのガス透過性

Corning HYPERStack® セルカルチャー容器などの容器は、標準モデルが完全閉鎖系となっており、ガス透過性フィルムを採用しているため、小さな設置面積でありながら高密度の細胞増殖が可能です。ウイルスベクターのワークフローでは、インキュベーターや恒温室のスペースが限られている点も課題とされていますが、このような容器を使えば、限られたスペースを有効活用できます。最適なガス交換が徹底されると、細胞に必要な酸素と二酸化炭素が供給され、一般的に、他の多層型容器を使った方法に比べてウイルスベクター力価の向上につながります。「現在、取引先の多くが、臨床プログラム向けのウイルスベクター製造にCorning HYPERStack セルカルチャー容器を利用しています」とMogen博士は言います。

自動化によるプロセス効率化

新しい自動化ソリューションを利用すると、Corning CellSTACK® 培養チャンバーやCorning HYPERStack セルカルチャー容器など、モジュール式の接着培養容器による処理時間が高速化します。Corning 自動マニピュレータープラットフォームでは、接着培養のバイオプロセスワークフローが半自動化できるため、研究者にとっては接着培養プラットフォームに専念しやすくなります。

Mogen博士は次のように説明します。「これで処理時間とプロセス変動を実質的に抑制できます。つまり複数の容器を使用する際の大きな懸案を解消します。自動化は、容器を扱う個人ごとの主観的要素が取り除かれるため、一貫性が高まると同時に、重い容器を持ち上げる際の人間工学的な負荷や作業現場での危険を考えた場合、安全性の向上にもつながります」

ウイルスベクター研究の未来

ウイルスベクターが効率的に製造できるようになり、細胞・遺伝子治療や新ワクチン開発などさまざまな重点分野に関わる研究者にとって、新たな可能性が開かれたことになります。COVID-19でウイルスベクターへの関心が高まったわけではありませんが、早急にこの有望分野に対する理解や知見を深める必要が出てきました。