最新技術による幹細胞培養の最適化

間葉系幹細胞(MSC)は、「全盛期」とも言うべき状況に突入しようとしています。

Archives of Medical Research誌は、世界全体でMSC関連の治験登録数がほんの8年前には220件だったものが、2020年6月時点で1,100件以上に達したと報告しています。こうした伸びの大部分は、MSC研究の多用途性に支えられており、研究室での幹細胞培養の有効性が確認されたことになります。

コーニング ライフサイエンスのシニアアプリケーションサイエンティスト、Hilary Sherman氏は「ほぼすべての臓器について、MSC治療の可能性が評価されている。」として、次のように説明します。「こうした治験では、軟骨再生や炎症軽減から、神経症状の管理に至るまで、幅広い適応症が対象となっています。世界はMSC研究の大きな転換期に突入したばかりで、今後数年のうちにMSC治療が上市されると思います。」

クローン病に伴う肛囲複雑瘻孔治療剤Alofisel®などの欧州での注目すべき治験成功を受け、市場の創造的破壊につながる可能性を秘めたMSC治療を巡って、大きな盛り上がりが見られます。しかし、Science Advances誌で報告されているように、研究者はMSCのワークフローを最適化するうえで多くの課題を抱えています。最も効率的、効果的な方法を見つける必要があるからです。幸いなことに、こうしたワークフローを支援し、スケール変更や細胞品質向上をもたらす新しいツールや技術は豊富に揃っており、研究現場で活用できるようになっています。

MSCワークフローの理解:スケール変更、凍結、融解

MSCは、患者やドナー、凍結保存細胞バンクから得られた細胞から培養します。そして、MSCをアプリケーションに応じて必要な細胞数にスケールアップします。その後、MSCは、使用期間を延ばすため、凍結保護剤とともに凍結されるのが一般的です。

「凍結保存のおかげで、投与する医師は品質検査や投与に余裕を持って臨めるだけでなく、スケールアップの場所が投与地から遠く離れている場合には、搬送する時間さえ確保できます。つまり有望な治療を届けられる範囲が大きく広がるのです。」とSherman氏は言います。

細胞は凍結保存されているため、患者に投与する前に融解します。全体としては、スケールアップ、凍結、融解という一見すると単純な流れですが、ワークフローの各ステップで新たな課題が生じる可能性があります。

細胞生産に伴う課題の克服

培養のスケールアップは、一見たやすいことのように見えます。ところが、MSC自体、多くのアプリケーションを持つ治療法であり、Stem Cells Translational Medicine誌によれば、単一用量でも数億個以上のMSCが必要になるだけに、スケールの問題は非常に厄介です。

「現時点でMSC治療の大多数は、実質的に幹細胞治療であり、言い換えれば、細胞は1回使い切りです。このため、適切な数を確保するには、大量の材料が必要です。さらに、MSCは寿命があり、分裂する回数にも限界があります。そして多くの場合、時間の経過とともに分化能が失われていきます。」とSherman氏は言います。

もう1つの問題は、MSCが概して接着依存性である点です。このため、バイオリアクターは、多くの場合、スケールアップするソリューションとして現実的とは言えません。

「大量の細胞を培養するには浮遊培養プラットフォームが理想的に思えますが、この方法でMSC培養プロトコールの開発に成功した例は、これまでのところあまりありません。治療法の大多数が従来の2次元培養を使っているのは、こうした理由によるものです。しかし、MSCは培養容器中で過密状態になることで細胞の老化に対して感受性が非常に高くなる可能性があるため、接着培養にも注意が必要です。増殖に十分な表面積を確保することが大切です。」とSherman氏は説明します。

Sherman氏によれば、このような事情から、小さなフットプリントで多くの表面積が得られるCorning® HYPERStack® 容器などの多層型容器が広く使われています。この製品を使うと、例えば、36層HYPERStack容器1つで、8億個以上の骨髄由来MSCを培養することができます。

凍結保存細胞融解中のコンタミネーションの抑制

凍結保護剤のDMSOに関わる課題もあります。DMSOは、細胞凍結中に生存率を維持するうえで重要ですが、MSC治療の際に除去しなければ患者へのリスクが生じます。

遠心分離と緩衝液交換による標準的なDMSO除去は、手作業での時間のかかるプロセスであり、凍結保護剤が残ってしまうリスクがあります。幸い、Corning® X-WASHシステムなどの閉鎖系自動化ツールを使えば、細胞品質を維持しながら、時間とリソースを節約できます。

「(X-WASHは)凍結に使った材料から細胞を分離するプロセスを制御できるほか、投与の際に必要に応じて細胞の濃縮も可能です。」とSherman氏は言います。

そして、その効果は絶大です。90%のFBSと10%のDMSOで凍結した7,000万個のMSCで確認したところ、X-WASHを使用することで凍結保護剤の濃度が250 ppm未満に減少しました。

全体にわたる細胞品質の検証

治験申請件数の増加や新興バイオテック企業の間での関心の高まりからもわかるように、MSC治療が新たなブームに突入していることは間違いありません。しかし、こうしたイノベーションを追求した活動について、Sherman氏は、基本に立ち返り、優れた製品づくりを第一にする姿勢を貫くべきと警鐘を鳴らします。

Sherman氏は次のように説明します。「この場合、細胞自体が治療法ですから、プロセス全体を通じてMSCの品質を検証することは非常に重要です。この治療法の有効性は細胞の品質にかかっています。ですから、表面マーカーの発現を見る生存率アッセイでも、何らかの機能アッセイでもいいので、何をもって良好と言えるのかという基準づくりが不可欠です。」

それだけでなく、研究現場では、ワークフローでトラブルや壁に何度か突き当たることもありますが、実験技術は治療法とともに進化を続けている点を忘れてはいけません。Corning HYPERStack容器やX-WASHシステムなどの効率的なツールでスケール変更やコンタミネーションの課題を克服すれば、世界中の患者のために、このMSC全盛の時代を最大限に生かしたイノベーションにつなげることができるのです。