Lessons Learned: An Inside Look At Overcoming Stem Cell Therapy Scale-up | Corning

製薬業界では、アンメットメディカルニーズへの注目が高まる中、細胞治療などの市場領域が急成長しています。患者自身の細胞を利用して疾患の治療、さらには治癒まで可能になれば、これからの現代医学に革命がもたらされ、わくわくするような発見や新規治療につながります。しかし、細胞治療の可能性を引き出そうにも、こうした製剤の上市は非常に特異的であり、医薬品メーカーが克服しなければならない大きな課題を生み出しています。このようなハードルを乗り越える一助として、複雑な細胞治療薬製造にすでに取り組んでいる研究者の経験に学ぶことも大切です。

Cellipont Bioservices社(旧Performance Cell Manufacturing社)の最高技術責任者、Carolyn Wrightson博士らのチームは、イヌ自家間葉系幹細胞(MSC)製品の歴史的な開発やヒト間葉系幹細胞製剤製造の草分け的存在です。このように大きな成果を収めてきたことにより、やがて2020年初めに、Cellipont Bioservices社は急性呼吸促迫症候群を発症したCOVID-19患者の治療を目的に、ヒト(同種)MSC製剤(現在、治験第II相試験実施中)の迅速な開発・製造能力を高めることになりました。このたび、製薬の世界で新時代の患者ケアに道筋をつける一助になればと、Wrightson博士率いるチームが、幹細胞治療のスケールアップや最適化について実体験から得た、重要な教訓や検討項目の一部を紹介していただきました。

GMPへの道のり

Cellipont Bioservices社の前身は、2002年にVetStem Biopharma社内に誕生した1部門に遡ります。当初、再生医療を生かした獣医医療向上に重点を置いてスタートしたCellipont Bioservicesのチームは、ヒトを始めとする31種の生物で、2,500以上の初代細胞培養の研究を手がけ、幹細胞治療薬の大規模製造に向けたロードマップづくりに寄与するデータを生み出してきました。同社による初期のブレークスルーは、脂肪細胞から安全に間質血管細胞群(SVF)を採取し、これをコンパニオンアニマルの治療で直接投与する幹細胞治療薬として使用するものでした。Cellipont Bioservicesチームは、有効な新薬治験(IND)開始申請3件など、VetStem社のパイプライン進展に寄与しました。このINDの1つとして、外科的手術に不向きな高齢犬の関節炎を対象に、細胞治療の入り口のハードルを下げるoff-the shelf(レディメード)の同種細胞治療薬があります。

2018年にFDAが、ヒトに対する同様の細胞治療薬の規制を導入した際、VetStem社では、ヒト細胞治療開発に関して社内の知見に大きな価値があることに気づきました。そこで同社は、ヒト細胞治療薬製造にスタッフとGMP製造リソースを重点的に振り向けました。自社のGMP細胞治療薬製造施設でのGMP細胞製造サービス提供を目的に、Cellipont Bioservices社(旧Performance Cell Manufacturing社)が設立されました。またVetStem社は、ヒトに特化した姉妹会社、Personalized Stem Cells社(PSC)も設立しました。現在、PSCでは、ヒト自家MSC・ヒト同種MSC(非培養・培養脂肪由来)の新薬治験開始申請3件をサポートしており、昨年、COVID-19患者の急性呼吸促迫症候群治療用にCellipont Bioservices社が製造した医薬品について、IND申請1件を提出しました。Cellipont Bioservices社の専門家は、企業や研究機関と共同で治験の第I相・第II相試験に向け、細胞治療薬を準備しています。こうした取り組みの成果として、ヒトと動物の細胞治療薬製造で幅広い経験を重ねた結果、Cellipont Bioservices社では、実体験から得た教訓やベストプラクティスを豊富に蓄積しています。

2021年9月には、医療分野専門の未公開株式投資会社、Great Point Partners社がPerformance Cell Manufacturing社を買収します。その後、Cellipont Bioservicesに社名を変更し、独立系の医薬品受託製造開発機関(CDMO)となりました。Cellipont Bioservices社では、数十年に渡る細胞治療薬開発・製造の知見を生かし、イノベーション強化を求める新興細胞治療企業の支援に重点を置いています。Cellipont Bioservices社は製造能力と社内の専門知識の拡充を続けており、現在では幹細胞、CAR-T細胞、iNK細胞、樹状細胞を使った各種治療法や、血漿分画製剤の製造にも手を広げています。

幹細胞製造プロセス

細胞製剤に共通して言えることですが、幹細胞製造プロセスも、所定の規則に沿ってドナー提供初代細胞または製剤の供給源として事前に選別されたドナーから、組織(または血液製剤)の提供を受けることから始まります。この製造プロセスにはサンプリングから製造現場までのドナー組織のハンドリング手順が規定されている必要があります。例えば、組織は、温度管理された検証済みのシッパーで輸送し、指定温度範囲を維持しつつ、指定時間内に製造施設で受け取らなければなりません。到着した組織は、受け取り時に包装破損の有無、温度、ID、サンプリング日時を確認してから製造プロセスに持ち込み、ここで受け入れ基準に適合して初めてGMP原料とみなされます。ドナー固有のIDには、品質リリース済みバッチ記録が紐づけられており、このバッチ記録から、原料が確かに登録ドナーから提供されたものであることが確認でき、記録は製造プロセス全体を通じて維持されます。

マスター細胞バンクの作製

マスター細胞バンクの作製に当たっては、初代細胞を標準播種密度で調製し、監視・管理下のチャンバーで増殖し、原料が絶えず規格内の条件に収まるように、細胞の増殖や様子を定期的に監視します。データや所見があれば、バッチ記録に記載します。続いて細胞を75〜95%コンフルエントの状態で1〜2回継代し、小バッチか大バッチでの拡大培養に合わせ、小分けにして凍結します。薬剤活性成分の単離にはさまざまな精製方法がありますが、これもその1つに挙げられます。

マスター細胞バンクはGMP製造のためにあることを常に念頭に置くことが大切です。つまり、商用製剤に使われる原料と同じである以上、プロセスの上流工程で満たしておくべき具体的な規制基準があるのです。また、このプロセスでは、品質管理部門・品質保証部門とともにサンプリング計画を策定し、マスター細胞バンクのサンプリングプログラムに関するハンドリング要件を定める必要もあります。例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)で保存されている細胞は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法で使用できません。マスター細胞バンクにはいくつかのPCR検査が必要なため、マスター細胞バンク保存の前に、サンプリング計画を策定しておくことが重要です。必要な試験とその要件をしっかりと把握し、サンプリング計画に反映させなければなりません。

製造開始の準備を整える前に、ドナー細胞で達成しなければならない他の関連目標として、次の事項が挙げられます。

  • 組織サンプリング手順 – プロセスの無菌状態、組織の完全性維持の徹底を図ります。
  • 細胞培養条件 – 培地組成、培地ホールドタイム、ガス、許容pH範囲、必要なバッチサイズに応じてスケール変更可能なシステムの選定が挙げられます。
  • 細胞操作から次の操作までの増殖期間 – 操作回数が少ないほど無菌プロセスでのリスクが減少します。
  • 接着細胞の遊離回数 – 環境温度に設定し、操作や人間の介在の回数を抑えます。
  • 播種濃度・収量 – 細胞増殖はドナーごとに差があるため、必要な収量を達成するには、ドナー細胞株の増殖挙動を把握することが大切です。
  • 製剤の細胞集団倍加総数の許容範囲 – エンジニアリングバッチを使い、培養条件と期待収量を最適化し、細胞集団倍加総数の許容範囲を同定します。

スケールアップの検討課題

細胞治療のスケールアップに関わる検討事項は、必要となる培養容器のサイズや数量にとどまりません。製造プロセスの時間動作検討は、原料ホールドタイムの許容パラメーターを確定することと同様に重要です。例えば、T-225フラスコ4個分を採取する場合、1時間以内で細胞数をカウントしてフラスコに戻すことが可能です。しかし、10段のCorning® CellSTACK® 培養チャンバー30個にスケールアップする場合、細胞を再播種し、インキュベーションに戻すか、凍結保存するまでに、その分、時間がかかります。スケールアップのプロセスでは、時間だけでなく、原薬を保持する際の培地や温度も考慮しなければなりません。したがって、どのような時間動作になるのか理解したうえで、許容ホールドタイムとプロセス内のホールド規格を策定することが極めて重要になります。これを怠ると、開発スケジュールの遅れを招いたり、小バッチサイズにしか対応できなくなって、製造やリリース試験のコストの大幅な増大につながりかねません。規制当局としては、製造プロセスの各ステップについて、こうしたストレス試験が実施され、ホールドタイムが策定されていることを確認したいのです。

また、製剤バッチサイズに必要な収量に到達するまでのスケールアップの道筋を明らかにすることも重要です。治験の第I相・第II相試験の臨床ニーズだけでなく、製剤リリースに必要な品質サンプリング、保存中や臨床送達中の安定性、薬剤特性評価試験のための開発原料、規制当局の保持要件も考慮しなければなりません。製造業者として、薬剤製品を製造する前に、臨床開発、高品質開発、医薬開発を支援するのに必要な医薬品の全数量を考慮に入れ、十分な量の製剤が確保されるようにしなければなりません。また、治験需要や輸送中の製品損失の変化が多いことにも注意が必要です。製剤リリース前の実施が不可欠なリリース試験のための開発バリデーションや適合性確認は、往々にして過小評価されています。エンジニアリングバッチからできるだけ早く原料を獲得して開発グループに引き継げば、製造のスケールアップと並行してアッセイ開発を始めることができます。この結果、薬剤リリースと最終製品の安定性評価をタイムリーに実施するうえで必要なバリデーションに先立って、アッセイ開発の時間が確保されます。

細胞治療薬を凍結して短期間または長期間保存する場合、解凍後の投与量も考慮しておかなければなりません。凍結した製剤は、必ずしも解凍後の製剤の収量と同じになるとは限らないからです。そこで、製剤設計仕様から逆算して、投与に必要な充填・調製を判断します。これは、医薬開発段階での最終密閉容器の調製、充填、凍結保存に関する一連の対照検証試験の中で実施されます。

必要なプレフォーミュレーション収量の確保に必要な細胞数が確定したら、この目標達成に必要なフットプリントを決定します。以下の表は、研究開発から製造に移行し、細胞療法治験薬の臨床開発をサポートする際、スケールアップ要件を満たすうえで必要になる容器とインキュベーターの推定数を示しています。

策定したホールドタイム内で大規模製造時に必要なスペースやオペレーターの要件を考慮しない研究開発では、臨床バッチに求められる原料製造に対応した大幅なスケールアップへの移行が遅れることがあります。プロセスで使用する容器や機器の数が増加すると、製造現場でオペレーターのミスや機器の故障、無菌プロセスの維持失敗に陥るリスクが高まりかねません。施設の設計仕様は、めざす製造レベルへのスケールアップに十分なスペースを確保しておく必要があります。施設は医薬品製造プロセスの重要な柱であり、製剤設計の一環として、製造に適した安全なスペースがあることを確認します。この中には、機器の搬入・搬出に十分な広さのあるエリアのほか、スタッフの更衣、原料管理のためのスペースを確保することも含まれます。

スケールアップでもう1つ考慮しておきたいのは、インキュベーターでの原料加温時間によって細胞増殖が影響を受ける点です。小型Tフラスコでの研究では問題にならないとしても、例えばCorning HYPERStack® セルカルチャー容器での増殖に移行すると、問題が表面化します。これは、大規模環境になった場合のプラスチック容器の数や培地量、インキュベーターに入れる総重量によるものです。大規模の増殖計画では、とりわけ最後の継代になると、当初の予測よりも1日余計にかかることも珍しくありません。これは、播種細胞の回収、定量化、特性評価、フラスコへの播種、さらには、播種後のフラスコのインキュベーターでの再平衡化と、増殖プロセスの開始に必要な時間が加わるためです。こうした大型容器では、フラスコのデッドスペースに起因する損失もありますが、オペレーターが扱うフラスコ数やハンドリング時間が減少することを考えれば、この損失をはるかに上回る利点があります。

また、0.2 μmのPTFEフィルターとMPCを装着したCorning イージーグリップ ポリスチレン製ストレージボトルを用いて、クイックコネクト式か溶接可能なバッグに、基礎培地、洗浄液、解離培地を充填することで、オペレーターの作業時間も短縮できます。細胞を操作する前にこのような培地充填を行うことで、チームは細胞回収日の剥離・特性評価に専念できます。このようなツールは、1つのチームが最終培地調整を行う一方、別チームが容器からの回収、特性評価、再播種のための調製に着手できるため、プロセスに柔軟性が生まれます。バリデーションの際には、事前に大部分の基礎培地をインキュベーターに移し、HYPERStackセルカルチャー容器とともに加温します。その際、細胞のインキュベーションには別のインキュベーターを使用します。HYPERStackセルカルチャー容器それぞれに充填・播種したら、すぐに戻してインキュベーションを開始します。各スタックの重量は15〜20ポンド(約6.81kg〜9.08kg)あるため、インキュベーターの棚板がこの重量に耐えられる十分な強度があるか確認しておく必要があります。わずかな傾斜でも、播種の均一性に影響を及ぼす恐れがあるからです。

プロセス内管理の確立

プロセス内管理を導入すると、製品品質が確保され、プロセス中のコンタミネーションリスクが抑制されます。プロセス内管理に関して考慮しておきたいのは、次の項目です。

  • 形態 – 継代間の細胞増殖を再検討し、細胞がフラスコに接着するタイミングを観察するためのトレーニングを、オペレーター向けに実施します。80%〜95% コンフルエントに到達したら細胞を回収します。
  • コンタミネーション – 培養上清の透明性、洗浄液、収量変化などコンタミネーションの徴候に注意します。細胞のはがれや細胞収量の異常な低下は、コンタミネーションの指標となります。
  • 培養上清のpH – フラスコ継代時の透明度をフラスコごとに精査し、細胞増殖が過剰に長引いていないことをpH検査で確認します。各フラスコを個別ユニットとして扱い、フラスコ用に仕様を策定します。培養上清中のグルコースや乳酸、さらに必要に応じて溶存酸素の状態も監視します。
  • 細胞ペレットの色 – フラスコを組み合わせる前に、何らかの問題の徴候がないか細胞ペレットの色をチェックします。
  • 細胞カウント – 細胞カウント装置を検証します。自動細胞カウンターは、細胞カウントに作業者の主観が入り込まないことから、お薦めです。ドナー細胞株の開発エンジニアリング実施から実証された単位面積(cm2)当たり最低収率を設定します。
  • 生存率 – 細胞回収のパラメーターに採用する前提で、継代時の最低許容生存率を設定します。
  • 保存前の製品検査 – 生菌・非生菌粒子モニタリングを実施します。透明容器に充填した製剤であれば、微粒子検査が可能です。検査は、製剤容器施栓へのラベル貼付の前後に実施しなければなりません。改竄防止包装の一次容器施栓・ラベルを使用します。

細胞治療薬の薬品品質規格を決定します。これには、一般的に充填量、ID、外観、容器施栓、生細胞総数(用量規格への適合性確認用)、滅菌性(細菌、真菌、マイコプラズマ)、エンドトキシン、用量効果などが含まれます。適切な力価試験を早期に開発する事は、製剤の製造・保管のためのプロセス内管理のバリデーションにも役立ちます。

一貫性のある商用スケール製造を達成するには、フラスコ利用の製造プロセスの能力を上回る製造スケールが必要になります。Cellipont Bioservices社では、接着細胞製造に対応する複数のバイオリアクターの評価を終え、現在は、スケール変更可能なバイオマニュファクチャリングのニーズに応え得る新技術として、Corning Ascent™ FBR(固定床バイオリアクター/ 日本未発売)の評価作業を進めています。

最終的には、IND申請に当たっては化学製造管理が不可欠であり、極めて重要になります。医薬品の開発・製造に関わるあらゆる情報は、明確にわかりやすく文書化し、完了済みのエンジニアリングバッチから臨床バッチまで、さらには商用製剤製造に至るまで、原薬製造を再現性よく実証できなければなりません。