大阪府立大学 西田准教授|コーニングライフサイエンス アンバサダー|Corning

アンバサダーに聞く

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大阪府立大学 西田准教授に、研究テーマやご自身について語っていただきました

研究テーマについて

―― 先生の研究テーマについて教えてください。

現在、2つのプロジェクトを主に行っています。1つは間葉系幹細胞由来エクソソームを用いた脊髄損傷治療法の開発、もう1つは新規コラーゲンを用いた椎間板再生法の開発です。私は獣医師なのでターゲットはイヌ・ネコ等への応用ですが、ヒトの研究者と共に進めていますので、どちらにも貢献できるものになると考えています。

イヌの場合、脊椎骨折脱臼や椎間板ヘルニアが原因で後肢麻痺を起こし、重篤な脊髄損傷となることがあります。ヒトと比べて、イヌの椎間板ヘルニアは椎間板が飛び出す量やスピードが異なるため、脊髄に強いダメージを引き起こすことがあります。重度脊髄損傷に対して間葉系幹細胞を用いた臨床研究がヒトやイヌにおいて実施され、有効性が明らかとなってきています。間葉系幹細胞が脊髄損傷を修復する機序として、近年、間葉系幹細胞から分泌されるエクソソームが注目されています。エクソソームには過剰な炎症を抑える効果があり、脊髄損傷に対する修復を促進する可能性があります。

新規コラーゲンを用いて椎間板の再生を試みる研究では、変性した椎間板を再生することによって、椎間板ヘルニアの発症自体を抑えることが目標となっています。

研究テーマに興味を持ったきっかけ

―― 間葉系幹細胞エクソソームを用いた脊髄損傷治療法の開発に興味を持ったきっかけを教えてください。

十数年前、当時はミニチュアダックスフントが人気犬種ということもあり、椎間板ヘルニアによる重度の脊髄損傷を診察する機会が多くありました。これらの症例の中には脊髄のダメージが大きいため永久的に自力で歩行できず、車椅子での生活を余儀なくされることがあり、リハビリテーション以外に治療方法がありませんでした。その頃、ヒトの医療分野で骨髄間葉系幹細胞(骨髄間質細胞)を用いた研究が進んでおり、同様の効果が得られないかと中山獣医科病院の中山正成先生、日本獣医生命科学大学の原田恭治先生が中心となって、イヌにおいても臨床研究を開始したのが始まりです。私も当時、中山獣医科病院に勤務しておりましたので、研究のメンバーに加えていただきました。

当初、間葉系幹細胞についてわからないことだらけでしたので、当時京都大学にいらした井出千束先生と鈴木義久先生が主導されていた「急性期脊髄損傷に対する培養自家骨髄間質細胞移植による脊髄再生治療」の研究会のメンバーに加えていただきました。イヌでの臨床研究の結果は、安全性を明らかにし、有効性を示唆する結果であったため、ヒトでの臨床研究を支えるデータになったと聞いています。イヌの椎間板ヘルニアは自然発症であり、ヒトとよく似た生活環境のため、トランスレーショナルリサーチとして重要な研究となりました。

 

―― エクソソームに着目されたきっかけは何だったのでしょうか。

イヌの患者に幹細胞を投与することで運動機能が改善することもありましたが、一方で期待通りの効果が得られないというケースも経験していました。また、治療には自家細胞を用いていましたので、培養して細胞を増やすのに2~3週間かかり、すぐに細胞が投与できないという問題点もありました。ちょうどその頃、間葉系幹細胞から分泌される何らかの因子が重要であるというデータが出始めていました。つまり、その因子だけを治療に使うことができれば、もっと早いタイミングで一定の効果が期待できる治療を施すことができると考えたのです。私は博士号を取得した次のステップとして、幹細胞研究の大家であるテキサスA&M大学のProckop Darwin教授の研究室でポスドクすることが決まっていました。当時は培養上清から有効性を示すタンパク質を明らかにしようとしていたのですが、その培地の中に細胞が分泌する小胞が存在することが偶然明らかとなり、そこからエクソソームにフォーカスするようになりました。

エクソソームはタンパク質と異なり、2つの有効性が期待されます。1つは、エクソソーム内に炎症を抑制し、修復を促進するタンパク質やmiRNAを内包できるため、簡単に分解されずに安定化することができます。もう1つは、エクソソームは目的の細胞まで情報を伝達することができるツールとして期待されている点です。いわば、天然のドラッグデリバリーシステムとしての機能が備わっています。

今後の展望

―― エクソソーム研究の課題や展望をお聞かせください。

エクソソームという言葉を使っていますが、日本語で言うと細胞外小胞、英語で言うとExtracellular vesicleと国際細胞外小胞学会で定義されています。その中には、非常に小さな粒のエクソソーム、少しサイズの大きなマイクロベシクル、それから細胞死に認められるアポトーシス小体、定義では大きく分けてこれら3種類があるのですが、明確に分けることは非常に難しいです。また、エクソソームと言われているものの中にも多様性があるので、まさに今議論され、研究が進んでいるところです。

幹細胞が分泌するエクソソームの有効性は、細胞に比べるとまだまだデータが出ていないのが現状です。エクソソームの最も難しいところは、細胞が置かれている環境や条件の違いによって、分泌されるエクソソームの内容物や性能が変わる可能性があります。エクソソームの内容物や性能を安定化させることが、製品化の難しいところだと思います。また、そのような培養条件以外のハードルとして、エクソソームの回収方法があります。細胞だと遠心によって簡単に分離できますが、エクソソーム回収法のゴールドスタンダードは超遠心法です。臨床応用のためには大量のエクソソームを培養上清から回収する必要があり、超遠心はスケールアップには向いていません。現在、我々はカラムクロマトグラフィーを用いて大量に回収する方法を研究しています 1。このような方法が実現できれば、臨床応用に近づけることができます。

 

――新規コラーゲンを用いた椎間板再生とは、どのような研究でしょうか。

近畿大学生物理工学部、神戸大学医学部整形外科と大阪府立大学獣医学外科との共同研究です。もともと近畿大学の森本康一先生が開発された細胞低接着性コラーゲン(Low adhesive scaffold collagen: LASCol)を椎間板の再生に使えるのではないかと神戸大学の由留部崇先生と共同研究が進んでいました。ヒトの臨床応用に向けて、昨年から大阪府立大学も加わって、共同研究を開始しています。イヌにおいても、椎間板の再生が可能となれば、椎間板ヘルニアの発症自体を抑えることができるかもしれず、ヒトおよび動物の双方で有効性が期待できます。このような他分野とのコラボレーションの利点は、工学、医学、そして獣医学の異なった視点でディスカッションを行うことができることで、非常に良い効果を生みながら研究が進められています。

 

―― 研究のゴールをお聞かせください。

研究結果を通して、これまでわからなかったイヌやネコの病気や病態について明らかにして治療として還元することが目標です。動物を通してヒトにも貢献することができれば、幸せだと思います。

直近のゴールは、幹細胞由来エクソソームが臨床に応用できるかどうか、ある程度の道筋をつけることです。まだまだ課題は多いですが、なんとか5年くらいで臨床応用まで持っていけるか見極めたいと思っています。間葉系幹細胞もエクソソームもあくまでも治療法のツールの一つですから、もっといい治療法があればそれを追い求めるべきです。幹細胞由来エクソソームも期待できる結果が少しずつ出てきているので、希望はあると考えています。さまざまな研究者とコミュニケーションを取りながら、ブレイクスルーできればいいなと思います。優秀な研究者や獣医師を育て、自分の研究が未来の礎になることができれば、これほどうれしいことはありません。

喜びを感じる瞬間

―― 研究を続けていて喜びを感じるのはどんな時ですか?

期待していなかった結果が出て、そこから新しいアイデアや着想が生まれた時ですね。エクソソームに着目した時がまさにそうでした。留学先で間葉系幹細胞が分泌するタンパク質を研究していた時にたまたまその小胞を見つけたのです。もしその小胞を無視していたら、今のこの研究はなかったと思います。また、研究の中で期待していなかった結果が得られた時こそ、問題解決の糸口やブレイクスルーにつながっていると信じています。期待していない結果が出たときもその結果は大事にした方が良いと、学生にも伝えています。(もちろん、実験の手技が間違っていないか、まず自分を疑うことが重要だと指導しています。)

若手研究者へのメッセージ

―― 若手研究者へのメッセージをお願いします。

私自身、まだまだ若手なので偉そうなことは言えませんが、失敗の中に必ず成功の糸口が隠れています。それを見つけることができたときの感動は素晴らしいものですから、失敗はウェルカムです!いい結果が出た場合でも「違うやり方でも同じ結果が導き出せるだろうか?」など、自分の結果についてよく考えることが大事だと思います。我々も含めてですが、学生は、答えがあるものを好み、答えがないということに対してすごく不安を覚えたりします。しかし、研究では答えがないことが比較的許されるのです。自分自身で答えを見つけだす楽しさ、考える能力を身につけてほしいと思います。

また、様々な研究分野の人たちと情報交換することをお勧めします。チャンスがあれば是非海外留学にも行ってもらいたいですね。海外へ行くと日本人はマイノリティです。世界から見て日本人はどう見られているのかは日本にいてはなかなか実感できません。そして、他国の人たちと比べて、自分自身の武器になる強みや弱みなどを肌で感じることができます。何を経験できるかはわかりませんが、研究だけではなく、海外生活そのものがその後の人生の糧となるはずです。

先生ご自身について

―― 先生が最近楽しいと感じることは何ですか?

最近、犬を飼い始めました。COVID-19感染症の感染拡大によって外出がままならない時期も、自宅での生活に変化をもたらしてくれて、癒されています。家に帰ったら研究や獣医師としての立場は忘れて、伴侶としていい時間を過ごしています。本当にかわいいですよ。

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