Using Organoids in the Study of Infectious Diseases | Organoid Cell Culture | Corning

文:
Hubrecht Organoid Technology社 Robert Vries博士
コーニング Elizabeth Abraham

オルガノイド細胞培養が細胞を用いたin vitroの生体モデルとの生理的な関連性を示したことで、創薬や基礎生物学におけるセルベースアッセイは大きく変わりました。適した培養容器や増殖因子、細胞外基質(ECM)、栄養素、培地など、しかるべき培養環境が整っていれば、患者から採取した臓器由来の前駆細胞が増殖し、3次元構造のオルガノイドが形成されます。このオルガノイドには由来する組織に一般的に見られるあらゆる細胞タイプが含まれ、細胞間で物理的・化学的に相互作用しています。オルガノイドは、生理的な関連性を向上させ、種特異的または患者特異的な試験プラットフォームとなるため、従来の2D培養だけでなく生きた動物の疾患モデルでも避けられなかった制約の多くを克服できます。

オルガノイドは、臓器由来の成体多能性幹細胞、臓器幹細胞、または癌幹細胞から形成されるもので、増殖して複数の細胞タイプに分化する能力を生得的に持っています。オルガノイドは、商業的に提供される、あるいは公開されたプロトコールによって得られる多様な組織・臓器から作製され、肝臓、心臓、膵臓、脳、消化管、腎臓の患者由来モデル、さらに最近では薬剤・ワクチン開発や感染性のヒト呼吸器疾患の研究に適したヒト気道の患者由来モデルが含まれます。 

業界のコラボレーションがオルガノイド研究の進歩に寄与

オランダ・ユトレヒト州に本拠を置く研究機関、Hrecht Organoid Technology社(HUB)は、先端的なオルガノイド技術を事業、産業化し、ヒト由来オルガノイドの全世界的な流通を手がけています。HUBのオルガノイド技術は、2009年にヒト成体幹細胞由来のヒト上皮オルガノイドの培養・増殖法を初めて紹介したHans Clevers教授の先駆的研究をベースとしています。HUBでは、大腸、乳房、肺、肝臓、卵巣、膀胱、膵臓の癌を再現するオルガノイドの作製とバリデーションを行っています。さらにHUBは、炎症性腸疾患(IBD)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、嚢胞性線維症(CF)といった遺伝性疾患など、他の疾患モデルも作製しています。また同社は、成体幹細胞由来の腎臓オルガノイドを導入したほか、成体Lgr5幹細胞から作製したオルガノイドを使用して組織発生や癌の分子メカニズムの研究を続けています。

Corning Life Sciencesでは、2014年からのHUBとのコラボレーションを通じて、先進的なオルガノイドや関連技術を提供しています。

Clevers博士の開発した技術により、遺伝的安定性を高めた成体幹細胞由来オルガノイドの培養が初めて可能になり、究極的にはいかなる患者のいかなる上皮性疾患であってもin vitroモデルの作製が可能になりました。

重要な利点の2つ目として、形質転換細胞の場合と同様の無限増殖性が挙げられますが、癌細胞に固有の遺伝子異常を受け継ぐことなく増殖できます。かつてオルガノイドは、胚性または人工多能性幹細胞、あるいは必要に応じて遺伝子を改変した腫瘍細胞から作製されており、その場合本当の意味で患者由来とは言えませんでした。

HUBによる商業展開において、オルガノイド技術は圧倒的な標準化や一貫性が確保されており、初代細胞培養とは比較にならないほど優れています。同じ患者からの生検であっても、採取する細胞は細胞周期のさまざまな段階にあり、その段階ごとに採取量にばらつきが生じます。一方、HUBの同一プロトコールに基づいて培養した場合、成体前駆細胞を基に、割合も物理的形状も遺伝的特徴も共通の完全同一な細胞を持つオルガノイドが毎回作成でき、しかも幅広い増殖能力を備えています。

 

培養を始める際の細胞が違いを生む

3D細胞培養体は、形質転換細胞株や初代細胞など多様な細胞から形成されます。従来の初代細胞培養法では、増殖できる継代数が数代にとどまり、バイオバンキングや量産化への対応に限界があります。さらに、従来の3D初代細胞培養法は再現性に欠け、量産化が難しいことから、いわば単発の研究用途の側面が強いと言えます。また凝集した初代細胞培養体の発現解析実験は、凝集塊が性質を失うまでの限られた時間内に解析を実施しなければならないため、信頼性に欠けています。長期的に安定して培養できる方法でなければ、in vivoの特性を再現した形態やそれに伴う発現パターンを形成できません。 

同様に、プラスチック容器上で培養される形質転換細胞は、組織培養条件に順応するよう遺伝子発現が改変されています。患者本来の遺伝的特徴が保たれていない点を研究者が認識していれば、こうした細胞を用いた研究は有用です。一方、HUBのオルガノイドの場合、患者の分子フットプリントが保持されます。

特にこの点が有用となっている分野の1つが感染症です。ウイルスは、通常の生理状態にある細胞に感染して複製するよう進化しています。例えばRSウイルス(RSV)はオルガノイドで容易に増殖しますが、形質転換細胞では細胞内に受容体が存在しないため感染しません。

このような理由から、細胞を用いた気道疾患の研究は――目下、COVID-19の感染が世界的に拡大している状況で注目を浴びていますが――長年研究が進まず、大規模研究に見合うような初代細胞を十分に増殖させる技術も存在しませんでした。HUBの手法では、感染因子の侵入に欠かせない細胞表面受容体が保たれるため、RSVやヒトパピローマウイルス、ノロウイルス、コロナウイルス、インフルエンザ、マラリアなど多種多様な病原体の研究が可能になります。

 

感染症におけるオルガノイド

COVID-19のパンデミックが起こる前から、下気道感染症は全世界で主要死因の1つとなっていました。ヒトバリア免疫機構の場合、げっ歯類モデルでは不十分であり、気道からウイルスを排除する複雑なバリア機能はin vitroでの再現は難しく、特に不死化細胞では困難を極めます。

気道で病原微生物との最初の接点になるのは上皮細胞ですが、これは図らずもオルガノイドとして最も容易に培養できる細胞タイプにあたります。気道上皮や肺胞細胞の受容体が感染を感知すると、クラブ細胞、繊毛細胞、基底細胞、杯細胞、神経内分泌細胞で粘膜バリアの免疫機構が一斉に働き始め、吸い込んだ病原体を排除します。

Hubrecht InstituteとErasmus Medical Centerの研究グループが先ごろScience誌に投稿した論文では、目下のパンデミックを引き起こしたコロナウイルスであるSARS-CoV-2の感染予防と治療につながる2つの手段の発見に、腸オルガノイドが役立った経緯が紹介されています。SARS-CoV-2は肺に感染することが知られていますが、臨床的には症状と感染の両方に腸が関与することが示唆されています。例えば、鼻スワブ検査で陰性となった後、しばらくしてから直腸スワブ検査でウイルスRNAが検出されることがあり、これは胃腸感染、場合によっては糞口感染を示唆しています。

分化した腸細胞は、細胞へのウイルス侵入経路となるSARS-CoV-2アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体の発現が高く、特に刷子縁で受容体レベルが最大値を示します。驚くべきことに、ウイルスはACE2の高発現体と低発現体の両方に感染し、オルガノイドの感染性は培養条件によって大きく左右されませんでした。

SARS-CoV-2は、オルガノイド内の細胞サブセットに急速に感染し、時間の経過とともに感染が増加しました。研究グループが電子顕微鏡を用いて細胞の構成要素を視覚化したところ、オルガノイドの構成細胞の内外でウイルス粒子が発見されました。また感染によりインターフェロンの分泌が誘導されました。インターフェロンは内因性抗ウイルス因子であり、活性化すれば潜在的な治療法の標的になり得ます。

研究グループは「腸上皮がSARS-CoV-2の増殖をサポートし」、ヒト小腸オルガノイドが「コロナウイルス感染症やSARS-CoV-2の生態を知るための実験モデルとして役立ち」、「ヒトオルガノイドがコロナウイルスの生態研究用の信頼のおける実験モデルになる」と結論づけました。

気道オルガノイドは薬剤スクリーニングや毒性試験に加え、感染症の基礎生物学研究に活用されています。コーニングの研究チームはアプリケーションノートで、ハイスループット解析に適した気道オルガノイドにおいて患者由来の気管支上皮細胞の増殖をCorning® マトリゲル基底膜マトリックスが促進したことを示しています。オルガノイドによって、通常の試料作製プロトコールが細胞溶解という単一操作に簡素化された結果、遺伝子増幅、cDNA変換、ライブラリー調製の通常手順が不要となりました。

研究グループが正常な気道オルガノイドと喘息の気道オルガノイドを比較したところ、喘息性気道細胞の炎症と関連のある炎症誘発性ケモカイン、受容体、その他のタンパク質をコードする遺伝子の発現が増加していることが確認されました。また同チームは、正常細胞由来のオルガノイドでアップレギュレーションが起こる遺伝子と、喘息細胞由来のオルガノイドでダウンレギュレーションが起こる遺伝子が同じで、その逆の組み合わせもまた同様であることを発見しました。抗炎症ステロイド剤のデキサメタゾンの適用によって誘発されるアップレギュレーションもダウンレギュレーションも、正常オルガノイドと比べて喘息オルガノイドの方が大きくなりました。

コーニングの研究は、共存症の存在下での気道疾患研究においてオルガノイドに汎用性があることや、感染症に適合するモデルで迅速に対応できることを示しています。

 

感染症におけるオルガノイドの未来

Sanford Burnham PrebysのCenter for Stem Cells and Regenerative Medicineのディレクター、Evan Snyder博士(M.D., Ph.D.)は、先ごろ受けたインタビューで、ウイルスの細胞間移動を含むCOVID-19感染の自然経過の研究における気道オルガノイドの潜在的な役割、さらには個々の患者の予後予測能力の潜在性について説明しています。Snyder博士は「このモデルを使えば、一部の人々だけが悪化する理由を判断できる」としたうえで、次のように述べています。「オルガノイドであれば、男性と女性、若年者と高齢者といった比較が可能になるだけでなく、タバコ・電子タバコの喫煙といった環境有害物質への曝露の有無、糖尿病・心臓疾患・腎疾患の有無、さらには人種の違いや感染に対する抵抗力を左右する遺伝的変異の有無に基づく比較も可能です。人によってウイルスの影響度合いが異なる理由を解明できれば、個別化医療が実現する可能性もあります」

HUBでは、嚢胞性線維症(CF)患者から採取した成体幹細胞由来のオルガノイドがCFの病態研究でも有効であることを証明し、患者中心の臨床試験が可能になり、個別化医療におけるHUBオルガノイドの最初の利用に道を拓きました。CF患者由来のオルガノイドを調べることにより、CF患者の薬物療法を特定し、それに応じた治療を実施できます。

肺上皮のインターロイキン(IL)17受容体に関する最近の研究から、急性・慢性炎症におけるこのサイトカインの役割が明らかになり、IL-17受容体が肺真菌感染症に対する自然免疫防御に加わることが示されました。in vivoでは、IL-17の発現と免疫機能に分極上皮細胞が必要になります。イタリアのUniversity of Perugiaの研究グループは、Frontiers in Immunology誌に2019年に掲載された論文で、肺オルガノイドが組織極性を再利用することから「肺オルガノイドを用いて肺のIL-17Rシグナル伝達を総合的に研究する素晴らしい可能性がもたらされ」、それは「炎症性疾患治療法の開発・試験を行い、新たな標的分子を特定して感染抵抗性を改善する新たな機会となる可能性がある」と述べています。

科学分野としてのオルガノイドは、使いやすさや一貫性、アッセイパラレリズム機能、生産性の改善に向けて進化を続けていきます。すでに複雑な多組織網膜モデルでオルガノイドとオーガンオンチップが組み合わせられており、前述のように複数の臓器のオルガノイドで構成されるシステムはすでに日常的に使用されています。

オルガノイド研究が現在のペースで進めば、創薬初期段階、とりわけ非臨床段階と第I相臨床段階での大幅な合理化が期待できるでしょう。動物実験のすべてとは言わないまでも、オルガノイドは一部を省略できる可能性があります。その場合、動物実験データやそれに伴う注意事項のレビューを慣例としてきた規制当局サイドは、思い切って信頼する姿勢が求められます。やがてはオルガノイドによって“生体”を用いた前臨床スクリーニングが完全に排除されれば、創薬においてオルガノイドを用いたスクリーニングに全面的に基づき、第II相試験に直接患者を募ることが可能になります。

オルガノイド研究は必然的に複雑度の高いシステムへと向かいますが、患者にとって意味のあるモデルにするためには、バリデーションが鍵を握ることを研究者は肝に銘じておく必要があります。HUBのオルガノイドによって、ついに研究者がモデルを構築し、組織を採取した患者との類似性の有無や程度を直接調べることができるようになります。より複雑になる中、モデル開発者とユーザーにとっては依然としてバリデーションのステップを重視し続ける必要があります。複雑になることは良いとしても、それには限度があります。

生産性向上を含め、こうした高い目標に向かってオルガノイドを進化させていくためには、それに見合った細胞培養ツールが必要となります。業界におけるコラボレーションがあれば、一般的な研究向けとこれまでにない感染症にも対応できるべく、今後も3D細胞培養ツールは確実に進歩していくことでしょう。