気道オルガノイドによる薬剤、ワクチン、感染性検査の強化

2D細胞培養の限界を克服する

医学の世界では、この100年に新薬発見を始め、数え切れないほどの飛躍的進歩が見られました。いずれも2次元(2D)細胞培養モデルから生まれています。いまだにセルベースアッセイのほとんどが2D培養モデルに基づいていますが、フラスコやプレートでの2D単層培養に限界があることは言うまでもありません。そもそも細胞や組織、器官は2次元ではなく3次元の物体として存在しており、対象となる組織はほぼ例外なく複数の細胞タイプで構成されています。

3次元(3D)細胞培養の登場で、生物学者や医学研究者によるセルベースアッセイへの取り組み方に変化が見られます1。3次元培養は、生理学的な関連性が高まるため、in vitroアッセイと、生きた動物2やヒト胚を使ったアッセイ3との間にある溝が狭まります。特にオルガノイドは、生理学的な複雑さと作成しやすさで期待されています。オルガノイドは、培養された前駆細胞を直接共培養したり、自発的に異なる種類の細胞に分化することができます。そのため、生体内で実際に細胞に起こっているような、隣接する構造細胞との化学的なコミュニケーションや生物学的な経路との相互作用など、調べたい細胞とその由来となる環境との間の、関連する多くの相互作用を捉えることができます4

オルガノイドとスフェロイド

「オルガノイド」と「スフェロイド」という用語が区別なく使われることが少なくありませんが、今回の議論には、双方の生理学的関連性の違いが密接に関わっています。一般に、スフェロイドは、一般的に分化した単一の細胞タイプから作製した浮遊細胞凝集塊です。一方、オルガノイドは、培養したiPS細胞、成体器官前駆細胞、がん幹細胞のいずれかから作製します。どの細胞も増殖や分化の能力はさまざまです5。さらに、現行のオルガノイド作製プロトコールは、in situで細胞の増殖・検査を実施するホモジニアスアッセイと適合性があります。

オルガノイド作製の産業化は、生体モデルへのアウトスケール化(バイオマニュファクチャリング用のCHO培養など)の段階で問題が発生してきました。具体的には、スループットと一貫性の問題です6。今後明らかになっていきますが、研究に適切なツールを使うことで、こうした問題はほとんどが軽減されます。

気道オルガノイドの重要性

数十に及ぶ組織タイプや組織サブタイプを再現するオルガノイドは、現在、商品化されているほか、公開プロトコールでも作製可能です。具体的には、肝臓、心臓、膵臓、脳、消化管、腎臓7の3Dモデルなどのほか、世界が新型コロナウイルスのパンデミックと戦っている中で関心を集めるヒト気道のモデルもあります8

肺や気道のオルガノイドは、創薬とワクチン開発の両面で関心を集めており、ヒト呼吸器疾患の感染性研究、とりわけ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などウイルス性疾患との戦いで有用なツールになります。気道オルガノイドには、複数の細胞タイプが含まれ、細胞-気体界面、細胞-液体界面、細胞間のそれぞれの相互作用を再現するもので、あらゆる面で再現対象である生理学的実体と同等の複雑さが実現されます9

先ごろ中国と欧州の研究者が、ヒトの新型ウイルスの感染性を評価する気道オルガノイドの作製法を発表しました10。その手法は、杯細胞、クラブ細胞、基底上皮細胞に加え、気道で見られる繊毛細胞に匹敵する数の繊毛細胞を、機能性も併せ持った形で備えているものでした。さらに、このオルガノイドは、インフルエンザウイルスが細胞に感染する際に必要となるセリンプロテアーゼを分泌します。

研究チームは、分化した気道オルガノイドが「形態学的、機能的にヒト気道上皮を再現し、ヒト感染性インフルエンザウイルスとヒト感染性の低いウイルスの識別においてProof of Concept(POC)を獲得しました。」と述べています。しかも、同研究チームの手法で形成される気道オルガノイドは、「不確定的」に増殖する可能性があり、産業化には願ってもないメリットと言えるうえ、「表現型と遺伝子型に顕著な安定性が認められました。」と付け加えます。

ハイスループットスクリーニング

先ごろ、コーニングとNanoString Technologiesの研究者が、3D気道オルガノイドによる遺伝子発現の新たなハイスループット評価法を発表しました11。過去30年間、研究の世界では、気道研究用の気液界面培養のデザインにパーミアブルサポートが材料として使われています。この方法では、気道前駆細胞が主要な気道細胞タイプに分化し、最終的に組織化して喘息や嚢胞性線維症(CF)、その他の気道病理の研究に役立つモデルになります。

初期の論文によれば、マトリゲルで培養されたヒト初代細胞由来気道オルガノイドも、杯細胞、基底細胞、繊毛細胞からなる3D構造を形成すると報告されていますが、この場合、パーミアブルサポート構造は不要でした12。この発見で、パーミアブルサポートモデルを使用した場合の96ウェルゆえのスループットの限界から研究者が解放されたのです。さらに高いスループットの場合であっても、最大384ウェルのマルチ化が初めて実現可能になりました。

また、この新しいアッセイ形式では、遺伝子発現プロファイル比較ツールであるnCounter® PlexSet™アッセイを使って正常組織と患部組織の遺伝子発現の比較が可能になりました。PlexSetは、必要な作業が細胞溶解だけであり、標準プロトコールに伴う試料調製の手順がいくつか省かれるため、一層のスループット向上に貢献します。

また、コーニングは、速度面で支障のない範囲のロースループット実験で、十分に状況に適した技術もサポートしています。24ウェルフォーマットのCorning Transwell™パーミアブルサポートは、24ウェルのレシーバープレートやリザーバーの透過性細胞培養インサートで構成される細胞培養系です13

どちらの手法も新型の呼吸器系ウイルスの感染性評価に有用です。この点については、新興インフルエンザウイルスの感染性評価を目的に、分化したヒト気道オルガノイドを研究する台湾のグループが発表しています10。パンデミックウイルスの重大な特徴である感染性は、動物からヒトに交差感染する病原体かどうかで大きく異なります。研究グループは、気道オルガノイドモデルにこの形質の予測能力がどの程度あるのか評価するため、媒介動物やヒトに優先的に感染することがわかっている株を2Dと3Dの細胞培養モデルの両方で試験しました。研究グループは、従来の2D手法から進化した方法として、あらかじめ関連気道構成細胞、特に繊毛細胞に分化していた3Dオルガノイドから2D気道モデルを作製しました。どちらのモデルも、ヒトに感染するウイルスとそうでないウイルスを区別できました。

COVID-19のパンデミック中に見られた記事では、回復した患者も含め、ウイルスによる非気道への深刻な影響について報じられています14。こうした状況がウイルスによるものか、感染前から存在していたものかは、まだわかっていません。しかしながら、このような状況が存在している以上、オルガノイドのさらなる利用につながる興味深い可能性がいくつか見えてきます。

こうした感染者の20%が少なくとも1つの消化器症状を報告しているように、COVID-19ウイルスが消化管に影響を与えることがわかっています15。欧州の研究チームは、気道オルガノイドを使った先行研究を引用し、2020年5月に、COVID-19を引き起こすウイルスである重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)がヒト腸管細胞に感染することを確認しました16。この感染モデルはヒト腸管前駆細胞で構成されており、ヒト腸管細胞に一般的に見られる4種類の成熟細胞タイプに適したオルガノイド形成プロトコールに基づいて分化させたものです。ヒト腸管細胞オルガノイドモデルによって、ゲノム異常とウイルス関連のサイトカイン発現の研究も可能になりました。

終わりに

3D細胞培養やオルガノイドによる実験でほぼ指数関数的な増殖が見られたことから、創薬、毒性試験、基礎生物学のセルベースアッセイでオルガノイドが十分に樹立されると言えます8。オルガノイドは、in situアッセイに適した培養フォーマットで生理学的な関連性があります。呼吸器疾患にとどまらず、多くの疾患に肺が関与しているため、気道オルガノイドは、感染症、がん、その他の肺疾患の治療、感染・病態の定量化、疾患進行のモニタリングを目的とした創薬やワクチン開発の重要な試験プラットフォームになります。

コーニング ライフサイエンスの細胞外基質(ECM)、試薬、培養器具を使用したオルガノイド培養プロトコールは、気道疾患研究でのオルガノイドの可能性を探究する完全なツールになります。最近の文献の事例から、感染症の差し迫った脅威や目の前の脅威に対して比較的速やかに、ハイスループットスクリーニングに十分な数の気道オルガノイドを作製できることがわかります。

文:Elizabeth Abraham(コーニング ライフサイエンス シニアプロダクトマネージャー)、Hilary Sherman(コーニング ライフサイエンス シニアアプリケーションサイエンティスト)


参考文献

1. Fang & Eglen. (2017). Three-Dimensional Cell Cultures in Drug Discovery and Development. SLAS Discov. DOI: 10.1177/1087057117696795
2. Yin, et al. (2017). Stem Cell Organoid Engineering. Cell Stem Cell. DOI: 10.1016/j.stem.2015.12.005
3. Bredenoord, et al. (2017). Human Tissues in a Dish: The Research and Ethical Implications of Organoid Technology. Science. DOI: 10.1126/science.aaf9414
4. Baker. (2018). Organoids Provide an Important Window on Inflammation in Cancer. Cancers. DOI: 10.3390/cancers10050151
5. Next-Generation Organoids. (2020). Weill Cornell Medicine. Available at: https://eipm.weill.cornell.edu/2020/01/next-generation-organoids/
6. Lu, et al. (2017). Scalable Production and Cryostorage of Organoids Using Core-Shell Decoupled Hydrogel Capsules. Adv Biosyst. DOI: 10.1002/adbi.201700165
7. Akbari, et al. (2019). Next-Generation Liver Medicine Using Organoid Models. Front. Cell Dev. Biol. DOI:   https://doi.org/10.3389/fcell.2019.00345
8. Li, et al (2020). Organoids as a Powerful Model for Respiratory Diseases. Stem Cells International. DOI: https://doi.org/10.1155/2020/5847876
9. Sachs, et al. (2019). Long-term Expanding Human Airway Organoids for Disease Modeling.  EMBO J. DOI: 10.15252/embj.2018100300. 
10. Zhou, et al. (2018). Differentiated Human Airway Organoids to Assess Infectivity of Emerging Influenza Virus. PNAS. DOI: 10.1073/pnas.1806308115 
11. High Throughput Gene Expression Analysis of 3D Airway Organoids. (2019) Corning. Available at: https://www.corning.com/catalog/cls/documents/application-notes/CLS-AN-534.pdf
12. Danahay, et al. (2014). Notch2 is Required for Inflammatory Cytokine-Driven Goblet Cell Metaplasia in the Lung. Cell Reports. DOI: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2014.12.017 
13. Sample GSM3099451. (2019). NCBI. Available at: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM3099451
14. Mysterious Heart Damage, Not Just Lung Troubles, Befalling COVID-19 Patients. (2020). KHN. Available at: https://khn.org/news/mysterious-heart-damage-not-just-lung-troubles-befalling-covid-19-patients/
15. COVID-19 and Gastrointestinal Symptoms. (2020) WebMD. Available at: https://www.webmd.com/lung/covid19-digestive-symptoms#1
16. Lamers, et al. (2020) SARS-CoV-2 Productively Infects Human Gut Enterocytes. Science. DOI: 10.1126/science.abc1669