カスタマイズでワクチン製造を最適化

コーニング ライフサイエンス John Yoshi Shyu博士による専門家の見方

ほとんどのワクチンは、50年以上も前に開発された技術で製造されています。しかも、製造施設はさらに古いことも珍しくありません。ワクチン製造プロセスは、新しいツールや技術が登場するたびに絶えず刷新されています。このようにイノベーションのペースが速いということは、研究者から見れば、プロセスを調整する機会が豊富にあり、その分、経済性や効果の高い製造スケールアップを達成しやすいと言えます。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック下にある今、計り知れないほど有益であることは確かです。

ワクチンは1つひとつが異なります。バイオマニュファクチャリングの世界の合言葉「the process is the product」 という教えにならえば、ワクチンのプロセスも1つとして同じものはありません。一方のドアから病原体を入れると、まるで魔法のように、ほんの短時間で反対側のドアから安全で有効なワクチンが――。そんなプラットフォームプロセスや万能型設備のシナリオを追求したくても、ワクチンの開発・製造が個々に異なるために一筋縄ではいかない状況にあります。どのワクチンも固有のモジュールプロセスであることから、シングルユースの技術やモジュール式の生産施設が最も効率的で費用対効果の高いワクチン開発の未来像と言えます。

激化するイノベーション

インフルエンザやポリオなどの疾患に対するワクチン需要への対応や、SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)などの新興の細菌性病原体・ウイルス性病原体との戦いを通じて、製造プロセスは絶えず進化を続けています。それでも、HIVやがん、その他の予防可能(または治療可能)な疾患に対するワクチン向けとして、製造プラットフォーム、特に製造基盤に細胞培養を利用するプラットフォームは、まだ検討段階にあります。新型コロナウイルスのパンデミックとの戦いにおいて、ワクチンの承認促進につながる製造プロセスが追求されていることは、既存のものか新しいものかを問わず、この領域での成功への道筋を示す一例に過ぎません。

この激しいイノベーション競争が繰り広げられる中、数々の可能性が生まれています。その可能性も、探索レベルのプロジェクトや新規発現系の追求にとどまらず、目下の課題や将来の課題への対応に向けた既存製造手法の最適化にまで広がっています。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけとしたワクチン開発やフルスケール生産が追い風となり、創薬からR&D、治験、製造までの一連の流れは、通常であれば10〜15年かかっていたものが、12カ月以下に圧縮されました。つまり、製造方法の効率化は、(ほかの要因とも相まって)ワクチン開発などの領域でゴールに向けた進展の一助になることがわかりました。

スピードや柔軟性と、製品品質や安全性の適切なバランスを実現する手段の1つとして、モジュール式プロセスが挙げられます。製造プラットフォームがすでに確立されている前提で、入念に設計されたモジュール式プロセスであれば、設備や施設、ワークフローに関して、同じようなものを何度も1から作り直すことなく、その場で小回りよく開発・製造プロジェクトを開始できます。

ワクチン製造に携わる関係者の多くは、目の前の状況を考慮しながら製造計画の設計や強化をめざしていますが、いわゆる「プラグ&プレイ」式のシステムはワクチンの世界には存在しないと痛感しています。新技術が市場に出回る中、開発企業はワクチンを従来の開発・製造システム(当然、関連の情報システムも含まれる)に連携させざるを得ない状況に直面しています。新しい技術や手法を既存のやり方に組み込むためには、かなりのカスタマイズが必要となります。また、既存のプロセスに馴染んでいるにもかかわらず、別のやり方に強制的に対応せざるを得なくなれば、軋轢を生むこともあります。しかも往々にして厳しい時間的制約も課されます。

ワクチン製造という名の「旅の道のり」

世界トップクラスのワクチンメーカーであるSanofi社は、ワクチン製造を「旅の道のり」にたとえています。Sanofiモデルは、探索直後のプロセスを取り上げ、抗原の産生・精製、不活性化、力価、製剤、包装と進みます。こうしたステップのどの段階でも新技術が導入される可能性はあります。どのステージも次のステージへとつながりますが、全体として見ると、個々の抗原やワクチン製品の「旅の道のり」は1つとして同じものはありません。これは、先に述べたように「プラグ&プレイ」型のシステムがワクチンの世界に存在しない事実を改めて示すものと言えます。つまり、「旅の道のり」を構成する個々の部分は、すでに規制当局による承認があり、明確に特徴づけられていて、実証済みであったとしても、ひとたび新しい製品が登場すると、それまでの努力が水泡に帰すことになるわけです。

「プラットフォーム」型のユニット運用に大きく依存するバイオプロセスを含むほとんどのバイオプロセス、さらにはシングルユースのバイオリアクターで発生するほぼすべてのバイオプロセスは、カスタマイズされています。その一因として、一部の接続部品、バイオリアクターのセンサーポート、その他の構成要素に関して標準化されていない点が挙げられます。少し前まで、シングルユース製造はベンチトップスケールやパイロットスケールに限定された製造技術でした。現在では、GMP実施、特にワクチンなどの生物学的製剤の開発段階で使われています。

ワクチン製造施設の設計、バリデーション、適格性検証には固有の要件があるため、シングルユースシステムのメーカーから完全特注のシングルユースアセンブリが納入されるまでに4〜5カ月かかります。また、ワクチン開発企業は、新たに納入されたコンポーネントを軸にプロセスの変更やカスタマイズが必須となります。

しかし、どのような規模の研究室であっても、将来到来するイノベーションを取り込めるようにプロセスをカスタマイズできます。以下に挙げるヒントを生かすことで、既存の環境に縛られることなく、プロセスやゴールのスケールを変更できるのです。

信頼できるフィールドサポート体制が整っているメーカーをパートナーに選ぶことが大切です。テクニカルサポート体制が整っているメーカーであれば、従来の製造設備・方式、最近の製品、規制当局承認済みの手段による技術統合方法について、新鮮な視点を持っていることも少なくありません。どのような最適化手順が重要なのか、どの新技術を採用すべきか、また新旧の製造方式をどう組み合わせてカスタマイズすればいいのか、問題に対処すればいいのか、そして費用対効果を損なわずにワクチン製造をスケールアップすればいいのか。こういった課題についてプロセス開発部門が判断を下す際、組織外部の専門家による見解は重要な意味を持ちます。

不要な改善には投資しない

すべての研究室に最先端のバイオリアクターや驚異的な最新技術が必要なわけではないですし、そのような改善・強化を実施する余裕があるわけでもありません。小規模組織であれば予算確保が不可欠ですし、アカデミア研究室は助成金頼みになります。新たなワクチン開発プロジェクトに取り組む企業は、予算の制約の中で短期・長期の治療法開発目標を策定する必要があります。投資するからには最大の効果を引き出すことが大切ですが、その際に味方になってくれるのがメーカーなのです。メーカーから最初に質問される事項は次のとおりです。
 

  • どのようなスケールを達成したいのか。
  • いつまでにそのレベルに到達したいのか。
  • 現在使用している技術やインフラはどのような状況なのか。

モジュール化をめざす

モジュール式のワクチン製造プラットフォームやプロセスは、手ごろな予算で容易に変更できるとあって、多くのメリットがあります。例えば運用の機動性の良さや短期的なコスト管理が可能な点のほか、導入効果や予算に合わせて新技術を追加できる柔軟性などが挙げられます。ワクチンメーカーはもちろんのこと、前臨床段階にある製品を複数持っているバイオマニュファクチャリング組織にとって、このような柔軟性があるかどうかが、有望な候補を1つでも2つでも確保できるか、それとも別のリード分子を選定していれば良かったのにと思うかの分かれ道になります。モジュール化によって、研究と市場の両面でトレンドに適合・対応する柔軟性が生まれます。さらに、スケール変更可能なモジュール式システムでは、比較的容易にスケールアップできるほか、例えば治験中や製品発売直前の時期に一時的に製造能力不足を補うことも可能です。

メーカーに実験ノウハウを求める

プロセス開発にエンジニアは欠かせませんが、同じようにライフサイエンス専門家も重要です。両タイプの専門家を担当者として用意してくれるメーカーと手を組めば、期待する実験成果が得られるように技術面でしっかりとした支援を受けることができます。例えば、収率と品質を確保するには、一定時間細胞が特定の増殖段階にあるか、アポトーシスが一定水準以下に抑えられている必要があります。着手前にこの点がわかっているかどうかで、プロジェクトの成否も左右されます。

プロセス開発は、新技術のバリデーションや所定項目の実施だけで実現できるわけではありません。発現系は生細胞への依存も多いことから、その生産性を最大限に引き出す条件整備も同じように重要です。エンジニアであれば、熱伝達や物質輸送の課題、シングルユースのバイオリアクターに適したホルダーの設計、ユニット運用のスケジュール設定などでも支援してもらえます。しかし、細胞増殖や生産性に関する課題を解決するためには、分子生物学や細胞生物学に精通した専門家の支援も必要でしょう。

終わりに

プロセスの効率化や収益率強化に向けて最適化を進めるバイオプロセシング施設にとっては、かつてないほどに多様な選択肢が揃っています。人類にとって、2020年は試練の年でした。世界中の医療制度が、何百万人もの患者への対応と記録的短期間でのワクチン製造という二重の課題に追われる、前代未聞の事態に陥りました。従来の製造プロセスを効率的に使いつつ、新方式を慎重に取り込み、卓越した製造能力確保への最適な道筋を描けるかどうかは、メーカーや開発企業にかかっています。その場合、高コストの旧式環境に縛られることなく、バイオマニュファクチャリングプロセスのスケールアップやスケールアウトを実現することがポイントです。

コーニングが掲げるワクチン製造開発のモデルは、大企業向けエンタープライズソフトウェア開発元であるSAPのビジョンと完全連動しています。実は、SAPは当初からバイオマニュファクチャリング分野の動向を正確に把握しています。「バイオ医薬品製造の未来は、データとプロセスの連携にかかっており、予測性と認知性に優れた施設での適応型モジュール式製造の要素が必要です。これは品質、効率、規制対応の強化につながり、最適化、プロセスのカスタマイズ、製造バリューチェーンに関わる全ステークホルダー間の協力体制が実現します。さらに、生物学的製剤の上市までの期間短縮、プロセス変動に起因するミスやそれに伴うコストの削減につながり、メーカーにとっては成長軌道を維持する競争力を確保できます。」