コロナ禍の研究再開:研究の再開を上手に進めるコツ

以下は、2020年8月に掲載された記事を翻訳したものです。

2020年の春は、どの研究室も静まりかえっていました。実験は一時棚上げ。研究者は揃って自宅待機。先行き不透明な中で、科学が地域や国家の自宅待機命令に翻弄されているかのような状況でした。

徐々に研究者たちは研究室に戻り始めています。しかし、元通りの軌道に乗せる作業はこれからが本番。研究再開には、時間がかかりますし、(対人距離を保ちつつ)チームワークも必要です。

他の研究室も再開しているのだから、自分のところもできるはず。ひょっとしたら、思ったよりも早く再始動できるかもしれません。ただし、そのためにはそれなりの取り組みが必要です。研究室で「ニューノーマル」の生活を再始動するためのコツをご紹介します。

再開の数週間前

再開の実施要項を全メンバーに周知徹底し、全員分の安全防護具を購入する

 

各種実験を以前と同じように軌道に乗せるには、しっかりとした計画づくりもさることながら、十分な意思疎通が重要です。

ロチェスター大学メディカルセンターのDunman研究室で再開の準備を進めていたポスドクのMichaelle Chojnacki氏とMikaeel Young氏が痛感したのは、まさにこの点でした。Dunman研究室では、ESKAPE病原体の研究を手がけていましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が初めてニューヨークに襲いかかった2020年3月中旬、研究室の閉鎖を決めました。

2020年5月中旬には研究再開の準備に入りましたが、再開計画の策定に数週間かかりました。

「研究室に戻る10日ほど前、学部主導で各研究室の関係者100人以上を集めたZoom会議が開催されました。そこで、遵守すべき指針の説明があり、各研究室でも独自指針を追加してもよいとのことでした」とYoung氏は言います。

この指針には、研究室内の人数制限のためにシフトを短くすること、研究室のメンバー全員がマスクを着用すること、共用のエリアや機器の使用前・使用後に消毒することなどが盛り込まれました。

ロチェスター大学がマスクと環境保護庁(EPA)登録済み消毒剤(米国では消毒剤はEPAへの登録が義務づけ)を一括購入し、各研究室に十分余裕のある量を配布しました。Chojnacki氏とYoung氏によれば、大学側がしっかり先を見越して動いてくれたおかげで、Dunman研究室がマスクなどの個人用防護具や洗浄剤の確保に苦労することはなかったそうです。

1~2週間前

清掃を徹底し、期限切れの試薬は廃棄し、消耗品を補充する

 

ここからはさらに消毒レベルを強化します。安全に実験ができる環境を確保するため、実験台・作業台の表面や機器を徹底的に清掃します。研究室の各所に、手指消毒剤と除菌ウェットティッシュの台を配置します。共用の筆記用具のように、汚染の可能性が高いものはすべて排除します。

研究室に残されていた試薬がないか確認します。期限切れであれば、安全な方法ですみやかに廃棄します。過酸化水素を発生する溶剤など一部の物質は、自己酸化の可能性があり、発火につながる恐れがあります。有効期限内の試薬であっても、湿度・温度の変化、光や空気、その他の物質に触れることで影響を受けることがあります。

電源を落としてあった機器が問題なく動作するかどうか確認します。動作に問題がある場合、出張機器修理業者に関する研究室の規則について詳しく調べておきます。

在庫に関しては消耗品・備品の棚卸しをして、研究再開に備えて購入リストを作成します。備品の共用を減らすこととソーシャルディスタンスの確保を考慮して、ピペッターやベンチトップ機器など一部の備品については、これまでの2倍に増やすといいでしょう。必要なものは、実際に必要になる前に、十分に余裕のあるタイミングで発注しておきます。全国的に実験用品の需要が高まることを考えると、一部のメーカーで品切れが発生し、納期が何週間にも及ぶ事態もありえます。

再開後

礼儀とソーシャルディスタンスを大切に

 

Chojnacki氏とYoung氏が研究室に復帰してから、同僚との間隔の開け方が以前とはまったく変わったと言います。

「ずいぶん距離を取るようになりました。自分の行く手を誰かが横切るときや共用スペースを使っているときは、人がいなくなるまでちょっと待つようになりましたね。人との間隔の取り方に『超』がつくほど敏感になっています」とChojnacki氏は言います。

Dunman研究室が手がけるプロジェクトは、ほとんどの場合、このような新しい働き方に問題なく馴染んでいますが、ソーシャルディスタンスが必ずしもすべての状況に適用できるわけではありません。

「新たに中核となる共焦点顕微鏡が導入されたので、使い方のトレーニングを受けたかったのですが、現時点では対面のトレーニングが開催してもらえません。ソーシャルディスタンスが確保できないから、という理由です。それで、いまだに試行錯誤しています」とYoung氏は言います。

多くの研究室が同様の課題を抱えています。Young氏は、とにかく回避策を見つけることと助言します。

「すでにこの顕微鏡の使い方をマスターした人を探し出して、サンプルを渡せないか検討しています。サンプルのイメージングに何カ月も待つわけにはいきませんから」

油断は禁物

研究室に復帰した後も、いつ再閉鎖になっても慌てないように計画を立てておく必要があります。Dunman研究室があるニューヨークは、2020年7月現在、新型コロナウイルス感染者数が減少傾向にありますが、テキサスやアリゾナなど他の州では急増が見られます。同研究室では、こうした動向を注視しながら、緊急時対応計画を策定しています。Dunman研究室では、再び閉鎖せざるを得なくなった場合、助成金申請書の作成など在宅でもできる仕事に軸足を移すことになっています。

Chojnacki氏は「向こう4週間にやらなければならないことを優先しています。ニューヨークで感染が拡大して研究室再閉鎖となれば、いったん実験を止めて、在宅研究に切り替える計画を立てることになるはずです」と言います。

誰もそんな事態は望んでいないものの、自宅待機の時間も決して無駄ではないとChojnacki氏は付け加えます。

「研究現場にいると、ときとして『木を見て森を見ず』という状況に陥ることがあります。自宅にいれば、助成金申請書の作成や原稿執筆、実験の全体像の検討といったスキルに重点を置くことができます。肝心の実験こそ優先できませんが、大きな疑問点を思いついたり、優れた解決策を考え出したりすることにもっと創造力を発揮して知恵を絞ることができます。これは私にとって極めて貴重な機会となっています」