なぜ細胞培養に失敗するのか
細胞増殖にまつわる問題のトラブルシューティング

増殖が進まない細胞や接着しない細胞ほど厄介なものはありません。細胞が育たなかったり、培養がうまくいかなかったりすると、プロジェクトに遅れが生じ、チームメンバーはいらだち、研究者はどこで間違えたのか、どうすれば解決できるのかと頭を抱えることになります。

こうした問題の解決策は必ずしも単純明快とは限りません。細胞培養は複雑で、プロセスを細分化して問題を切り分けるには時間がかかります。通常、よくある問題として挙げられるのが、異常増殖パターンや、まだら状、不均一、ムラのある細胞接着です。ほかにも、増殖速度の緩慢化や急激な変化、あるいは説明のつかない結果などの問題もあります。

こうした問題は、得てして培養手法やインキュベーション、培地に関係しています。そこで今回は、このような問題をいくつか取り上げ、上手に先手を打って問題を回避する方法について考えます。

手法を確認する

細胞培養がうまくいかないときにまずチェックしたいのが、取り扱いや処理の方法です。例えば、培養細胞の培地交換時は、コンタミネーションが生じる恐れがあります。これはよくある問題で、影響も深刻です。また不適切な混合やピペット操作も、問題の原因になります。

  • 細胞懸濁液の不均一な処理や不十分な混合: 泡沫や気泡が生じやすく、これが原因で細胞の増殖や接着が妨げられたり、容器に斑点が残ったりする恐れがあります。培地を注ぐときやピペット操作をするときは、細胞懸濁液に気泡が生じないように注意します。
  • 静電気: 特に低湿度の場所で、プラスチック製容器への細胞接着を妨げる恐れがあります。容器の包装を開封する際、容器と包装が擦れないようにします。容器外側の拭き取りや帯電防止装置の利用も帯電防止に役立ちます。
  • 不十分な細胞懸濁液量: 容器の側面に増殖が偏る可能性があります。培養細胞への栄養分再供給の際に培地が少なすぎる場合も、同様の現象が見られる可能性があります。
  • 回転速度: ローラーボトルの回転速度によっては、増殖過剰や凝集につながることがあります。開始速度は0.5 rpm~1 rpmの間に設定し、必要に応じて調整します。ローラーは、空回りや停止が発生しないように常にきれいに保ちます。

通常、細胞の接着や増殖に不均一なパターンや異常なパターンが見られたら、どこかに問題があると考えられます。このような問題を上手に見つけ出すには、グルタルアルデヒドかエタノールで培養試料を固定し、その後、染色して観察します。

インキュベーションの問題

インキュベーター使用の目的は、温度変動など環境要因を最小限に抑えることですが、増殖速度や培養細胞生存率に影響を及ぼし得る要因が多数あります。

  • 温度変動: 実験中にインキュベーターを何度も開け閉めすることで発生します。また、庫内の容器の重ね方や置き場所も温度差の原因になります。必要がない限りインキュベーターは開けないようにし、失敗が許されない重要な培養細胞は庫内の奥のほうに置きます。ディッシュを積み重ねるときの位置の影響も考慮しなければなりません。最下段のディッシュは金属の棚板に一番近くなるため、早く温まります。
  • 蒸発: 細胞増殖速度やパターンに影響を及ぼします。貯水タンクは常に満水に保ち、ガス洗浄瓶で吸気したガスに加湿することで、蒸発を最小限に抑えられます。
  • 振動: 細胞が同心円状にリングをつくるなど、異常細胞増殖の原因となります。インキュベーター内にあるファンのモーターが緩んでいると振動が発生するほか、室内の人の行き来、モーター搭載機器など、さまざまなところに振動の原因があります。インキュベーターは、他の振動性の機器がなく、頑丈で安定した場所に設置します。

また、インキュベーターを水平に設置することや周囲に毒性の不純物を置かないなど、環境面での予防策を講じることが、適切な細胞増殖に不可欠です。

培地を疑う

培地は何らかの問題があっても必ずしも目視で気づくものではありません。低品質な試薬、緩衝液や濾過の不足、さらには蛍光灯に起因する毒性まで、多種多様な要因が培地の働きに影響を及ぼします。

研究目的に適した培地組成を採用することや、高品質の消耗品を購入することはもちろんですが、培地の機能をテストする最良の方法は、実際に実験してみることです。問題のある培地と、別のメーカーの同等培地を比較してみましょう。比較対象に用意した新しい培地でも結果が同じであれば、実験手法かインキュベーションに問題があると考えられます。

科学の目で考える

手法や処理が適切でなければ、生きている培養細胞にも悪影響が及びます。不確定要素を一つ一つ切り分けていく作業はどうしても時間がかかりますが、だからこそ、失敗した状況や理由について最良の知見にたどり着きやすいとも言えます。

異常な細胞増殖への対応も、実験上の他の問題と考え方は同じです。つまり、仮説を立て、テストを実施したうえで、分析するということです。やがて、貴重な細胞を上手に生かす方法が見えてくるはずです。その結果として、研究も軌道に乗るわけです。

詳しくは、細胞培養にまつわるトラブルシューティングのヒント集「接着細胞の培養でよくみられる問題を特定し、解決するためのガイド」をご覧ください。