接着依存性細胞の大量培養に対応するスケール変更可能な高収率システム

研究から治験へ、さらに製品化へと進む細胞治療や遺伝子治療が増加する中、大量の細胞を効率的に製造する体制づくりは待ったなしの状況です。こうした治療法に使われる細胞の多くは接着依存性であり、増殖・拡大のためには接着する表面が必要です。このように接着が必要にもかかわらず、従来、接着培養システムは、浮遊培養システムと違って大量培養にスケールアップできないことから、接着培養の大量化は難しいとされてきました。しかし、浮遊培養システムは、適切なプロセスを開発するまでに通常多くの時間とリソースが必要になります。

優れた製造システムは、スケーラビリティがあることに加え、小設置面積で高い細胞収率を実現します。一般にスケールアップというと、大規模な製造施設や多額の設備投資などによる大幅な設置スペースの拡大を必要としますが、効率的なスケールアップであれば、その必要がありません。

最後に、接着依存性細胞の製造は閉鎖系で行うのが理想的です。閉鎖系では、製品が室内環境に曝露されないように設計された設備で運用されます。閉鎖系と言っても、材料は導入することになりますが、追加する場合は製品が室内環境に曝露されないようにしなければなりません。研究かパイロットプロジェクトか大規模製造かを問わず、閉鎖系導入による最大にして最も簡単に実現できるメリットは、ウイルスなど外来性因子によるコンタミネーションのリスクを抑制できる点です。

ケーススタディ:Vero細胞株とHEK293T細胞株の収率を最大化

コーニングは先ごろ、研究に役立つアプリケーションノート「Maximizing Yield for Attachment-dependent Cells with the Corning® CellCube® System」を公開しました。このアプリケーションノートには、広く利用されている接着依存性細胞株であるVero細胞株とHEK293T細胞株の培養を、CellCubeシステムで効率的にスケールアップするケーススタディが掲載されています。

幸いなことにアプリケーションノートの著者にインタビューする機会に恵まれましたので、インタビューの模様を本記事の最後に掲載しました。

CellCubeシステム

Corning CellCubeシステムは、接着依存性細胞の大量培養を実現するシンプルでコンパクトながらスケール変更が可能な手法です。各CellCubeモジュールは、複数のポリスチレン製プレートを並列に配置し、隣り合うプレート間に薄型密閉フロー空間があります。CellCubeモジュールには3つの基本サイズがあります。10層型モジュールは10枚の培養プレート、25層型モジュールは25枚の培養プレートで構成されます。また、100層型モジュールは、25層型モジュールの4連構成となります(各層の細胞培養表面のサイズは850 cm2あるため、総表面積は8,500 cm2〜85,000 cm2になります)。CellCube内にはガス調整済み培地が循環しており、モジュール式の設計のため、モジュール内にあるすべての細胞間で差分勾配の小さい栄養分・酸素供給が可能です。

研究デザイン

当該研究では、バイオプロダクション用に広く使われているHEK293T細胞株とVero細胞株の拡大培養に、CellCubeシステムが使用されました。基本的な閉鎖系は、ペリスタポンプでCellCube 100層型モジュールに連続循環を生み出す構成になっており、Eppendorf BioFlo® 120(コントローラー、Eppendorf B120ACS000)と組み合わせ、さらに培地馴化にBioBLU® 3cシングルユースバイオリアクター(SUB、Eppendorf 1386000300)を使用しています。このコントローラーで、循環培地の酸素供給とpHコントロールが簡素化されました。CellCube 100層型モジュールでHEK293T細胞を5日間、Vero細胞を6日間、それぞれ拡大培養する際、上記SUBで馴化した培地で十分に維持できました。HEK293T細胞株とVero細胞株の両方の最終的な収量は100億個を超え、培地を効率的に利用した接着性細胞株大量培養にCellCubeシステムが有効であることが実証されました。

本ケーススタディのポイント

培養と培地馴化のための閉鎖系

システム内の培地(約2 L)をペリスタポンプでSUBから取り出し、Corning CellCube 100層型モジュールに注入して全体に行き渡らせます。培地はCellCubeモジュールの出口から再びSUBに循環し、馴化されます。コントローラーは、NaHCO3(炭酸水素ナトリウム)とCO2でpHを自動制御します。また、このコントローラーは、SUBのヘッドスペースから培地に直接注入する混合ガスを絶えず補給しているため、培地中の溶存酸素(DO)も維持されます。SUB内の乱流や泡沫化を抑制し、タンパク質分解を防止するため、内部の液体フローとガス交換はきめ細かく制御されます。培地に消泡剤を添加しておくと、培地に泡沫が発生しにくくなります。*ペリスタポンプ、コントローラー、SUBは別売りです。

効率的な細胞播種

HEK293T細胞株とVero細胞株を拡大培養するプラットフォームにCellCube 100層型モジュールを使用し、SUBで培地を馴化しました。CellCubeモジュールには単一播種で細胞を播種しました。単一播種の場合、あらかじめ平衡化した培地をCellCubeモジュールから取り出し、8.5×104 cm2の表面全体に細胞を播種してからCellCubeモジュールに戻しました。容器を回転させて縦置きにし、ポリスチレン製の培養プレートの片面(第1面)に播種しました。履歴データによれば、細胞培養表面処理済み容器でHEK293T細胞株とVero細胞株の接着時間は20~30分だったため、容器の第1面で初期播種は20分としました。その後、容器を回転させるたびに、20~30分のインキュベーションを実施し、合計で各面2回のインキュベーションとなりました。間葉系幹細胞(MSC)など一部の細胞株の場合は、播種時間を延長する必要があります。

オペレーターによる介入を最低限に抑えた高細胞収率

HEK293T細胞株とVero細胞株はどちらもCorning CellCubeシステムで、介入を最小限に抑えて拡大培養しました。コントローラーは、温度、pH、溶存酸素を厳格に制御可能なため、SUBの循環培地の馴化に十分に対応できました。pHと溶存ガスのモニタリングには、毎日のオフライン培地分析が利用されました。また、オフライン分析の数値を基に、必要に応じてシステムのpH校正を実行しました。さらに、培地分析を通じてグルコース欠乏と乳酸蓄積も追跡管理して、回収日を決定しました(データはアプリケーションノートに記載)。HEK293T細胞の培養の場合、培養3日目から4日目にかけて培地のグルコース濃度が低下し始め、乳酸濃度が上昇し始めました(データはアプリケーションノートに記載)。Vero細胞株の拡大培養速度はさらに遅く、3日目から5日目にグルコースが着実に減少すると同時に乳酸蓄積が進みました(データはアプリケーションノートに記載)。

同じ細胞タイプに対して拡大培養の方法を変えても、最終的な収量に変わりがなかったことから、細胞がコンフルエントな状態かどうかについては、代謝産物濃度が予測可能な決定因子になることがわかりました。HEK293T細胞の総回収量は、平均1.4×1010 ± 1.4×109個で、生存率は97%以上でした。これは1.6×105 ± 1.9×104個/cm2に相当し、つまり増殖率で見ると33 ± 4倍でした。また、Vero細胞の総回収量は、平均1.1×1010 ± 3.6×109個で、生存率は97%以上でした。これは1.3×105 ± 4.3×104個/cm2に相当し、増殖率で見ると26 ± 9倍でした。

コンパクトな設置スペースで高収率を実現

このようにコンパクトな設置スペースでありながら、これほどの収率が得られることは注目に値します。これと同じ培養表面積になるまで製造量をスケールアウトする場合、標準的な平面培養容器がいくつ必要になるのかを考えれば、その差は歴然です。例えば、Corning CellCube 100層型モジュール4個の総表面積は、多層式培養容器の数十個分、ローラーボトル400本分に相当します。多くの多層式容器を使用すると、インキュベーターや恒温室のスペースが大幅に占有されます。またローラーボトル培養の場合は、ラックのスペースが必要です。言うまでもなく、これだけ多くの培養容器を扱うとなると、コンパクトなCellCubeシステムと比べて、人間工学的に見ても負担は重くなります。コントローラーやSUBを含め、ペリスタポンプを備えた閉鎖系全体でも、恒温室内で必要となる最小スペースは、約0.91 m × 1.52 mほどです。もちろん、総設置面積は、培地馴化用SUB、ペリスタポンプを含めたデジタルコントローラーのサイズによって異なります。

スケーラビリティ

コーニングの調査によれば、小規模のCellCube 10層型モジュールで培地組成や培養パラメーターを最適化しておけば、CellCube 100層型モジュールに容易にスケール変更できることが実証されています。つまり、CellCubeシステムは、直線的なスケーラビリティを備えているからこそ、研究からプロセス開発、さらには製造への移行が可能なのです。

アプリケーションノート著者Ann E. Rossi博士インタビュー

CellCubeでの製造に成功した細胞株はほかにありますか。

私たちの研究室では、Vero細胞、HEK293T細胞、MDBK細胞の培養に成功しています。また、BHK、CHO、MRC-5、COS M6、SKNMC、TE Fly GA18、Phoenix Frape-1、Phoenix Frape-3の拡大培養を評価した査読済み論文もいくつかあり、アプリケーションノートで引用しています。

CellCubeを使った製造の理想的なスケールとは、どのようなものでしょうか。

CellCubeを使った理想的なスケールや構成は、細胞株とプロセスによって異なります。プロセスごとの最適なスケールはカスタマイズで実現できます。その方法としては、さまざまな構成でのモジュールのマニフォールド接続、培地馴化用バイオリアクターのサイズや数の変更、ガス交換・栄養分供給・代謝老廃物除去の細胞要件に応じた灌流速度の調整が挙げられます。

CellCubeと他の培養システムとでは、細胞の健康状態に違いはありますか。

CellCubeシステムでは、培地の循環や灌流によって絶えず培養細胞に馴化培地が供給されるため、結果的に細胞の健康状態が向上します。過去のデータによれば、CellCubeシステムでの細胞の健康状態は、他の接着性細胞培養容器に勝るとも劣らない結果を示しています。とは言っても、CellCubeシステムと他の大規模接着培養プラットフォームで拡大培養した際の細胞の健康状態を、直接比較したことはありません。

ワークフローの観点から考えた場合、CellCubeの操作やトレーニングはどのくらい簡単なのでしょうか。

Corning CellCubeシステムは、接着性細胞の大量培養に使う場合、使用法の習得も使用自体も簡単です。CellCubeシステムの操作は、一般的な接着性細胞培養や閉鎖系バイオプロセスの基礎知識があれば、簡単に習得できます。トレーニングの大部分は、バイオリアクターコントローラーシステム(別売り)のセットアップと操作の習得です。ひとたび習得してしまえば、CellCube 100層型によるプロセスを平衡状態から細胞回収まで、オペレーター1人で実行することも可能です。

製造の面から見て、今回の研究で特に印象に残ったのはどういった点でしょうか。

今回の研究で特に素晴らしいと感じたのは、代謝計測に基づいて回収日を決定できる予測性の高さです。予備実験では、一定の濃度で播種し、コンパニオンTフラスコの培養細胞のコンフルエント状態に基づいてX日後に回収するという方法でした。しかし、それでは期待どおりの収率に達しませんでした。そこでグルコースと乳酸の計測値を基準にするようにしたところ、安定して高い収率が得られるようになりました。この戦略はあらゆる細胞タイプで機能するとは限りませんでしたが、このシステムでは確かに、回収の準備が整ったタイミングを知ることができました。

インタビューゲストの略歴:

Ann E. Rossi博士

Ann E. Rossi博士は、ロチェスター大学医歯学部で博士号(薬理学)を取得し、シカゴ大学でポスドク研修修了。小規模の非上場製薬会社であるARMGO Pharma, Inc.でシニアサイエンティストとして勤め、カルシウムシグナリングの専門知識を生かして同社のスクリーニングカスケードのための新アッセイ開発に従事した後、コーニングに加入。コーニング ライフサイエンスでは、当初、アプリケーションラボマネージャーとして大学や産業界での豊富な研究経験を生かして、アプリケーション研究所の業務の指揮に当たりました。現在、シニアバイオプロセスアプリケーションサイエンティストであるRossi博士は、技術責任者として、CellCubeプラットフォームやHYPERStackプラットフォームなど、コーニング ライフサイエンスのバイオプロセスや細胞・遺伝子治療のポートフォリオを支えるアプリケーションづくりに取り組んでいます。