エキスパートに聞く:肺オルガノイドによる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染研究

肺オルガノイドは現代の驚異です。最も注目すべき点としては、パンデミックの最中に進化を遂げていることが挙げられます。

研究現場では、インフルエンザ、RSウイルス感染症(RSV)、ジカウイルスなど一般的な呼吸器疾患に対する理解を深めるために、オルガノイドが使われています。SARS-CoV-2の感染が中国武漢で最初に発生した際、この新型コロナウイルスとの戦いでオルガノイドが希望をもたらすはずと見られていました。

実際、そのとおりでした。オルガノイドは、ACE2受容体結合やサイトカインストームなど、SARS-CoV-2感染の機序について研究者が知見を深める一助となっています。SARS-CoV-2が引き起こす疾患である新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新たな治療法の開発に、感染性研究が役立っています。確かなことがわかるまでにはまだ時間がかかりますが、オルガノイドは、初期の新型コロナウイルスよりも感染性の高い変異株の研究にも寄与します。

コーニング ライフサイエンスのビジネスマネージャー、Elizabeth Abraham氏は、こうした進展状況から見て、ポストパンデミックの未来は明るいと語ります。

「SARS-CoV-2を攻撃する抗ウイルス薬の開発には、まず感染の機構的経路を理解しておくことが重要です。その研究を助けてくれるのが肺オルガノイドなのです。」とAbraham氏は言います。

では、オルガノイドを使ってどのように研究に着手し、SARS-CoV-2の感染性についてどのような知見の獲得をめざすのでしょうか。そこで前出のAbraham氏と、同じくコーニング ライフサイエンスのアプリケーションサイエンティストのClaire Zhang氏の二人に最新状況を聞きました。

実験室では肺オルガノイドをどのように作製しているのですか?

Abraham:肺オルガノイドの作製方法は、厳密に言えば2種類があります。ヒト気管支や肺胞に存在する多能性幹細胞を使用する方法と成人上皮幹細胞を使用する方法です。後者の場合、肺由来細胞をバリデーション済みの細胞外基質(ECM)に混ぜてから、特定の増殖因子を含む培地を加え、分化・増殖させるだけで済むため、比較的短期間、約14〜28日で作製できます。

一方、前者の多能性幹細胞の場合はもう少し日数が必要になるものの、肺検体はそう簡単には入手できないため、コスト面で明らかな優位性があります。この手法では、まず未分化多能性幹細胞を培養し、特定の増殖因子を使って分化誘導します。10日後には、スフェロイドと呼ばれる微小細胞集合体(細胞塊)が形成されます。このスフェロイドと細胞外基質を混ぜ、さらに増殖因子を加えると、気道様構造を持ち、肺上皮に典型的なマーカーを示す肺オルガノイドが出来あがります。気液界面技術を利用するこのプロセスでは、50日〜85日間程度必要です。

肺オルガノイド作製に最適な手法は?

Zhang:それは、研究室の能力やリソースに大きく依存します。学術研究室の多くは、多能性幹細胞由来のオルガノイドを研究する傾向があります。こうした研究に携わるのは一般に学生であり、時間はあまり大きな制約になりません。さらに多くの労力と時間がかかる方法であっても、細胞を購入したり病院から成人サンプルを調達するよりも安価に抑えられる可能性があります。一方、成人上皮細胞を使用する方法では、人件費が細胞購入費用を上回るのであれば、費用対効果が高いと言えます。

COVID-19の研究に肺オルガノイドをどのように活用するのですか?

Zhang:肺オルガノイドは、パンデミックとの戦い、とりわけ薬剤スクリーニングに多大な貢献をしています。肺オルガノイドにSARS-CoV-2を感染させて疾患モデルとすれば、COVID-19の治療法を同定するための貴重な資源になります。例えば、SARS-CoV-2感染の重要な要件の1つにACE2受容体の存在が挙げられますが、研究の結果、ウイルス侵入の機序を阻害する薬剤がいくつか同定されています。

SARS-CoV-2はオルガノイドの細胞にどのように感染し、損傷を与えるのですか?

Abraham:SARS-CoV-2の表面にあるスパイクタンパク質が細胞に侵入するためにはACE2が必要になります。このため、受容体が存在することが、感染の可能性を示す最初のサインになります。これは消化管にも当てはまります。続いて、ひとたびACE2受容体にウイルスが結合すると、ウイルスのエンベロープとオルガノイドの細胞膜が融合してウイルス侵入が始まります。その後、ウイルスの複製が始まり、感染が進みます。

細胞損傷の面では、特にサイトカインストームが関係しています。研究現場では、この機序の研究に肺胞オルガノイドが使われています。研究によれば、肺胞オルガノイドは、SARS-CoV-2に感染すると炎症性サイトカインを産生し、このサイトカインの増加が、臓器不全などCOVID-19の最も重篤な症状の原因と考えられています。肺組織でサイトカインストームが引き起こされると、免疫細胞が肺に到達する前から細胞死や組織損傷をもたらします。

しかも、このウイルスについてはまだ全貌が明らかになっていません。また、細胞死の真の原因はまだ謎に包まれているとする研究者もいます。ウイルスか自己誘導破壊による損傷が原因の可能性や、当該部位に到達した免疫細胞が細胞を侵食する可能性もあります。私たちが完全に解明できていないことは、たくさん残っています。

SARS-CoV-2の肺オルガノイド研究の今後は?

Zhang:COVID-19が最初に確認されてから1年以上経っても、このウイルスについては、まだまだ研究や解明の余地があります。欧州や米国など各地で報道されているようなウイルス変異株の研究も、オルガノイドの活用で知見を蓄積できそうな分野に挙げられます。例えば、ACE2に結合するタンパク質に変異があれば、COVID-19の感染性に影響します。とはいえ、まだあまりに新しいウイルスのため、確かなことはわかりません。

このような研究にオルガノイドを使うメリットとして、特にハイスループットスクリーニングを利用することで、比較的短期間に知見を獲得できる可能性が挙げられます。将来的にはオルガノイド技術に対する関心や理解がさらに深まることは間違いなく、個人的には科学全体の進展が楽しみです。

感染症モデルの未来像を描き出す肺オルガノイドの解説記事もご覧ください。