Identifying Tumor-Specific Cancer Treatments Using Patient-Derived Tumor Organoids | Corning

シークエンス技術の進歩を背景に、患者の遺伝子プロファイルを使って疾患の治療方針の個別化を図るプレシジョンメディシンの考え方が脚光を浴びるようになりました。現在、がん研究領域でこの目標に向かって取り組んでいる研究者は、腫瘍形成・増殖を促進する変異を個々の腫瘍レベルで同定できるようになっています。しかし、この情報を基に、有効な治療法を見極められるかと言えば、特に希少がんの場合、臨床的に関連性のあるモデルが欠如していることから、まだ十分な域に達していません。

今回の記事では、マウント・サイナイ・アイカーン医科大学(ニューヨーク)のアシスタントプロフェッサー、Benjamin Hopkins博士へのインタビューを通じて、同博士率いるチームが網羅的ゲノム解析結果を基に、忠実度の高い患者由来オルガノイドによる薬剤スクリーニングを実施し、がん患者に有効な治療方針の同定に役立てている取り組みをご紹介します。

プレシジョンオンコロジーへの2方向からのアプローチ

「私のチームでは、第1に、個々のがん患者にとって最良の薬は何か、そして第2に、最先端の治療法に最適な患者集団とは、という2つの大きなテーマに取り組んでいます。この2つの謎を解明するため、3次元腫瘍オルガノイドモデルを使用しています」とHopkins博士は説明します。

こうした3Dモデルは、生体がん組織のex vivo複製として作用するもので、マウント・サイナイ病院の患者から採取した腫瘍検体を用いて研究室で開発されています。Hopkins博士のチームは、トランスクリプトミクスに自動ハイスループットスクリーニングプラットフォームを組み合わせて「ゲノム機能解析パイプライン」を構築。このパイプラインで、腫瘍特異的薬剤感受性につながる分子メカニズムの同定に取り組んでいます。

「正常な条件下で腫瘍オルガノイドがどのように増殖し、薬剤によって、増殖や細胞死といった経時挙動がどのように変化するのかをハイコンテンツイメージングで観察するのです。増感剤と呼ばれる薬剤の場合、RNA配列解析で、薬剤が腫瘍内にどのような変化を引き起こすのか調べ、併用薬物スクリーニングでこの特異的経路を標的にする薬剤を同定できます」とHopkins博士は説明します。

この方法の主目的は、腫瘍特異的作用のある協同的薬剤を同定することにあり、これが患者アウトカムの向上につながる可能性があります。「腫瘍細胞を必ずしも死滅させなくても、臨床的に良好な機能を持つと思われる薬剤は多数あります。機能的知見にゲノム解析を組み合わせることで、先行薬剤による変化を観察し、その後、腫瘍が先行治療の回避に使用する経路を標的とする補完的後行薬剤を同定できます」。Hopkins博士はこのように語ります。

同チームは、有効な薬剤の組み合わせを同定することに加え、既存治療法や新規治療法に最も望ましい応答を誘発する患者を決定するため、逆スクリーニングも実施しています。「当チームでは、薬剤ライブラリーを用いたスクリーニングではなく、1つの薬剤を選択して患者ライブラリーを使ってスクリーニングを実施します。どちらのスクリーニング様式でも、関心の高い4大腫瘍タイプである非小細胞肺がん、筋層浸潤性膀胱がん、転移性腎がん、乳がんを対象にしています」とHopkins博士は説明します。

高忠実度腫瘍オルガノイドの開発:成功のためのツール

ヒト検体を使用する研究に共通して言えることですが、臨床的に関連性のあるデータを生成するうえで、実験の一貫性と再現性を確保することが不可欠です。従って、Hopkins博士の研究の場合、適切な培養容器、基質、試薬を選定してオルガノイドモデルのバッチを開発することが重要なのです。同チームが開発するオルガノイドモデルは、Corning マトリゲル基底膜マトリックスを使用し、特にハイコンテンツイメージング用に設計されたガラス底のCorning 96ウェル減菌済みマイクロプレートで形成されています。

その理由としてHopkins博士は、「マトリゲル基底膜マトリックスの利点として、一貫性の高さが挙げられます。タンパク質含有量が明らかなので、バッチ間で非常に類似した結果が期待できます。これは一貫性と再現性のあるオルガノイドの所見を得るうえで極めて重要です」と言います。

オルガノイドの開発後、同チームは、オルガノイドモデルが元の患者腫瘍の生理機能を正確に再現しているかどうか、ゲノム・病理学的な一対比較法を含め、何度も忠実度チェックを実施します。脱細胞化マトリックスの使用など、高忠実度オルガノイド作製のための代替戦略を踏まえつつ、Hopkins博士は、マトリゲル基底膜マトリックスを用いた培養の主な利点として、ハイスループットへのスケールアップが可能な点を次のように説明します。「再現性よく腫瘍を作製できるため、私たちのパイプラインでは、対象腫瘍について週に最大480,000枚の画像を取得できるようになりました。私たちの分析で変数となるマトリックスを効果的に除去できます。これは、3Dオルガノイドに固有の変動レベルを考慮した場合、非常に有益です」

3Dを選ぶ理由

3D細胞培養は、従来の2Dモデルに比べてin vivo環境を高精度に再現できるため、この10年間に広く普及してきました。Hopkins博士の研究では、3Dの利点がはっきりと見て取れます。「治療法に対して腫瘍がどのように応答し、こうした治療応答に基質、細胞外環境、その他の細胞タイプがどのように寄与するのかを調べる場合、3Dは忠実度がはるかに高くなります。2Dモデルでは、細胞とそれを取り巻く基質の相互関係を捉えられないことが多く、薬剤感受性を媒介する重要な生態を見逃しかねません」とHopkins博士は指摘します。

今後の展望

プレシジョンオンコロジー領域に弾みがつく中、Hopkins博士はオルガノイドについて、根治的治療法の発見という究極の目標を見据え、有効な臨床評価で重要な役割を担うと見ています。博士の研究室では、いわゆる迅速スクリーニングにすでに着手しており、標準治療用薬剤に限定したライブラリーに対する腫瘍の相対感受性の分析を目標に掲げています。Hopkins博士は次のように説明します。「例えば、膵がんの標準治療は主に2つありますが、現時点ではどの患者にどの治療法を選択すべきか見極めるうえで、優れた同定方法がありません。オルガノイドを使えば、複数の治療法に対する患者の感受性や、他の患者に見られる臨床応答との関連性を比較的迅速に判断できます」

さらに長期的な視点に立つと、Hopkins博士は、オルガノイドモデルとトランスクリプトミクスのデータを組み合わせることで治験のための有益な知見が得られるのではないかとして、次のように語ります。「失敗が分かるまで薬剤を試し続けなくても、このようなデータセットがあれば、望ましい応答のバイオマーカーを治験に統合できるようになります。したがって、応答の見込みのない患者であれば、もっと早く同定、層別化し、副次試験に移行できます。最終的には、より多くの治療法を試験できる仕組みが誕生し、試験で特異的腫瘍サブセットに標的化の精度を高めて、有効な治療法をこれまでよりも早く患者に届けることができます」